写真家・エッセイスト 坂口綱男


息子の視点からみた安吾の姿
春陽堂書店では2018年9月に、坂口安吾の歴史小説を集めた『坂口安吾歴史小説コレクション』(全3巻)の刊行を開始しました。本シリーズでは、彼が歴史上の人物などをモデルに執筆した作品を、全3巻にまとめていきます。
コレクションの第1巻『狂人遺書』刊行を記念して始まった連載も今回が最後となります。10月には、コレクションの第2巻『信長』も刊行されますので、シリーズ完結まで、どうぞよろしくお願いいたします。
最後となる第4回は、無頼派作家の集まった文壇バー「ルパン」の話と、父親・安吾の絶筆と土産の話を選びました。息子の視点からみた安吾の姿を、写真とともにお楽しみください。


「ルパン」
銀座のバー「ルパン」に置かれる、写真家・林忠彦氏が撮影した安吾の写真。父の写真の両脇(わき)に、同じ日に撮影された、織田作之助、太宰治の写真が並ぶ。安吾と一緒に写っているランプは、今でも同じものが同じ所にある。昭和三年開店当時から時間が止まっているような店内で、ひとしきり撮影を終えると、今度はお客として居ついてしまった。
自分の父の馴染みのバーで酒を飲むなんぞは、ちょっと大人になった気分だね、などと思いながらよくよく考えてみると、写真の父は私より若干年齢が若いらしい。見た目は私の方が若いと思うが、写真の彼と私は知らぬ間に歳が逆転してしまったらしい。やれやれ、何もしないうちに気がつくと年をとっているんじゃ浦島太郎だね、なんて笑っている能天気な自分がいる。
父の訪れた所へ行くたびに、そのエネルギッシュな作家活動を感じる。まったく、こんな親はもつものではないが、今さら文句を言っても始まらない。せいぜい今日のところは自分を戒めておくことにする。
ところで、「ルパン」にある安吾の写真はトリミングされていた。世田谷文学館で作られた絵はがきでは、そのすべてが写っていた。「ルパン」のマスター・高崎さんが、それを発見して私に教えてくださった。そこに写って安吾と話をしているのは、「ルパン」のママだったと。
横顔だったがとてもきていな人だ。どうりでこの写真の父の表情はやさしいわけだ。


サンゴの記憶
父は誕生祝いにと、写真のサンゴのネックレスとペンダントを土佐、高知から買って帰ってきて母に渡した翌日、突然脳卒中でこの世を去った。
箱に書かれた文字が、実質的には父の絶筆ということになる。
私が写真を生業にして初めて行く、遠方のロケ先が、土佐、高知だった。母から日頃私がどこかへ行く度に、みやげ物ぐらい買ってらっしゃいよ、と言われ続けていたので、珍しく私の方から「高知へ行くけど何か欲しいものはあるかい」と尋ねた。
そのとき母は、「高知からは、何も買ってきちゃいけないよ。だれの土産も買うんじゃないよ」と真顔で言った。そのときの表情を今も覚えている。
いきなり土産物を買う前に、土産を拒絶されて私はびっくりした。理由を聞けば、なるほど日頃せっせとプレゼントをするほどマメではない人が、突然プレゼントをくれて翌日に死んでしまったのだから、縁起のよかろうハズもない。そのうえ、亭主同様、めったに土産を買わない息子が、同じように同じ所から土産を買って帰り、突然死なれてはタマランと思ったのだろう。
後日、母と父の遺品の整理をしていた折、サンゴのネックレスの話になった。その時母は、このプレゼントを一度も身に着けた事がないと言っていたのを思い出す。

(出典:坂口綱男『安吾のいる風景』春陽堂書店、2006年)


この記事を書いた人
文・写真/坂口綱男(さかぐち・つなお)
1953年8月、群馬県桐生市に坂口安吾の長男として生まれる。写真家/日本写真家協会会員。1978年よりフリーのカメラマンとして広告、雑誌の写真を撮る。同時に写真を主に文筆、講演、パソコンによるデジタルグラフィック・ワーク等の仕事をする。1994年11月、安吾夫人・三千代の没後は、息子という立場から、作家「坂口安吾」についての講演なども行っている。また写真と文で綴った「安吾のいる風景」写真展を各地で開催。主な著書、写真集に、『現代俳人の肖像』(春陽堂書店、1993年)『安吾と三千代と四十の豚児と』(集英社、1999年)、『安吾のいる風景』(春陽堂書店、2006年)などがある。
関連書籍

『安吾のいる風景』(春陽堂書店)無頼派作家・坂口安吾を父に持つ坂口綱男が、父の彷徨の足跡を辿るフォト・エッセイ。坂口安吾とゆかりのある場所を訪ね、そこで父が何を想ったのかを推測し、そのイメージを写真として収録しています。名作「桜の森の満開の下」も収録しています。


坂口安吾歴史小説コレクション第1巻『狂人遺書』(春陽堂書店)
安吾の「本当の凄さ」は歴史小説にある。第一巻には、「二流の人」「家康」「狂人遺書」「イノチガケ」など、全11作品を所収。(解説・七北数人)