【第103回】
発見された古本屋写真
これまでずいぶん古本屋の外観写真を撮りだめて、ある時期まで定期的にプリントアウトしていた。もっと整理がうまければ、それらがアルバムごとに分類されてすぐに活用されただろうが、いかんせん無精の整理下手ときているからどうしようもない。アルバムに収めたのはいい方で、なんとか保存されたが一か所に固めて置いていないため、野放し状態だ。
何か探し物をしているとき、本や雑誌や資料の堆積物からひょっこりとその写真アルバムが顔をのぞかせることがある。懐かしくてしばらく見入ってしまうのだ。今回は、返却期限の過ぎた図書館から借りた本を捜索中に見つけたアルバムから紹介してみる。
これは古本屋ばかりの写真アルバムだった。一部抜けがあるのは、小山「古本屋ツアー・イン・ジャパン」力也さんと古本屋写真集を作る際、ピックアップしたからだ。本にしたのはほんの一部にすぎない。1996年3月16日に新潟市の古本屋巡りをした際の写真があった。ちゃんとデータがメモしてあるのも、今から考えたらえらい。ほめてつかわすぞ。
メモによれば『自由時間』(マガジンハウス)の新潟取材のとき、早く取材が終わり、カメラマンとはその場で別れて、単独で古本屋巡りをしたようだ。新潟は生まれて初めて。「市会議員になった大五郎」が取材目的だった。ウィキペディアが立つほどだから、書いていいと思うが、西川和孝という『子連れ狼』で大五郎役をやった俳優が、その後、転身して1995年に市会議員になった。取材はそんな話を聞いたのだと思う。ところが1999年に強盗殺人を犯し、無期懲役の判決を受けて現在服役中である。もちろんその時は、そんなことが起こるとは知らない。
まあいいや。ここは古本屋の話。おかげで貴重な新潟市内の古本屋ができた。フィルムカメラでテクニックもなにも使わないから画像の質はよくないが、それでも撮っておいてよかった。ここに掲げる4軒は、いずれも店舗をたたみ、今はない。本邦初公開。
時計回りに左上から「万世書房」(万代6-2-28)、「学生書房」(営所通1-301)、「文求堂書店」(西堀通3-258-19)、「佐久間書店」(古町通4-565)。記憶ははるか彼方で、それぞれがどんな店か、どんな本を買ったかなどは覚えていない。このうち「学生書房」が後々まで1軒だけ営業を続け、2010年代に新潟へ行った時に訪問している。しかし、その時すでに店の活気は失われていた。37年前には未踏だった「佐久間書店」が、ずいぶん後まで「新潟」「古本屋」という検索で引っかかったが、すでに店売りはやめられているようだった。
同じアルバムには、おそらく同年に訪問した博多、小倉、前橋、甲府、市川、仙台の古本屋写真もあった。ところどころ写真がはずされているのは、前述の『古本屋写真集』を作るために使ったからだ。現在でも古本屋の外観写真をメモ代わりに撮る習慣は続いている。私が死んでも、これらは記録として残るだろう。
土屋嘉男という男
ユーチューブで『女探偵物語 女性SOS』、テレビで『見事な娘』と続けていずれも東宝作品を視聴して、それぞれに感想はあるのだが要点のみ手短に。一つは前者の白川由美、後者の司葉子とヒロインがいずれも輝くばかりに美しいこと。「美しい」の基準にはさまざまあろうが、まずは条件をすべて取っ払ってみごとに「美しい」。両者とも他愛のない物語といえばそれまでの、日本映画黄金期のベルトコンベアーに乗っかった作品で、現在の映画事情では企画が通らないかもしれない。映画に娯楽を求める一般大衆は、おそらくだが複雑なストーリーや実験的手法を嫌い、ただ美男美女を大きなスクリーンでうっとり眺めるだけで満足したはずだ。
その点で司も白川も美貌の絶頂期にあった。しかも従来の日本映画で男の影で忍従する、めそめそした女性像とは逆の、男をリードし補佐する強い、ハツラツとした姿が映し出されている点が共通する。よく動き、よく喋る女性たちである。
もう一つの共通点が、両方ともに土屋嘉男が出ていること。実際に1950年代における東宝映画への出演数と貢献度はもっと評価されるべきだろう。土屋を評価することにとまどうのは、出演作品のジャンルがみごとに拡散しているからだ。
キャリアの筆頭に挙がるのは、まちがいなく黒澤明『七人の侍』の「利吉」役。野武士の襲撃を防ぐため、村の代表として侍を雇う役目を負った貧しい農民の一人として、準主役級のポジションを得た。ところが一方で、先に挙げたプログラムピクチャーにも多数出演をし、そのなかに一連の特撮ものも含まれる。
しかも、どうも他の俳優なら尻込みするような役を進んで引き受けているのだ(土屋はUFOの愛好会メンバー)。『透明人間』では透明人間、『地球防衛軍』では宇宙人(ワレワレハウチュウジンダ)、『ガス人間第1号』にいたってはガス化された人間に扮している。ほとんど冗談にような経歴だ。我々の「ウルトラシリーズ」世代にも、すでに中年期に入った土屋を、しばしテレビで目撃している。逆算して映画でも認識することになったのだ。
『女探偵物語 女性SOS』と『見事な娘』でも、前者では金持ちの娘をたぶらかすジゴロ役、後者では水商売の女と駆け落ちし捨てられる哀れな男と正反対の人物像を演じている。幅広い演技ができたことは映画会社にとっては重宝するポジションなので、フル出場に近く多用されることにもなった。こういう役者は芸能界において長生きするんです。
ユーチューブを始めた
3月から思いがけず、ユーチューブチャンネルを開設した。古本、音楽、読書、散歩など私の得意分野について、ゲストを招き語り合う。タイトルは「岡崎武志 放課後の雑談」。このタイトル検索で、ユーチューブチャンネルよりアクセスできるはずです。やってみたいという気持ちはあったが、私はアナログ人間で、手も足も出ない。そこへ、一箱古本市などに出店していた「つん堂」さんというハンドルネームの男性が、「やりませんか、収録、編集、公開はこちらでやりますので」と申し出てくれた。渡りに舟とはこのことか。
第1回ゲスト「小山力也」さんは喋りなれた相手ということで登場願った。休憩を挟み、2時間近く、カラオケボックスの大部屋で収録したものを編集し、4回か5回に分けて週ごとに公開されている。ラジオはレギュラーを持っていたし、テレビにも何度も出演したが、ユーチューブというスタイルでの収録は初めて。まだ感じがつかめないが、追々調子が出てくると思います。
第2回ゲストはライター仲間の荻原魚雷くんで、2人が出会った高円寺の街を、ゆかりの場所を訪ねながら収録。30年前に住んだ私の下宿跡(建物は残っていない)にも行ってみた。風呂なし物件だったが、歩いてすぐのところに銭湯、環七沿いの消防署も消滅あるいは移転していた。無料ですので、興味があったら視聴してみてください。
主人公からひもとく名作文学
「すこーれ」という会員誌があって、書評の連載を持っていたが誌面リニューアルにより消滅。少し間をおいて、「また、何かやりましょう」と担当編集者から依頼があり、今年4月号から「主人公からひもとく名作文学」を開始した。
どういうことかと言うと、よく知られている小説を、主人公がどういう人物で、何を考え、どう行動したかに焦点を絞り紹介するというコンセプトである。その作品を論じる際、おおむねそのラインを保つことになるが、この連載では、あくまで主人公そのものにスポットライトを当てる。その光源をより強くするというのが特徴だ。
私は依頼を受け、それは面白いなと感じ、たちまち12作品ほど候補を挙げた。編集者から「いいですね、これで行きましょう」とゴーサインが出た。始めるにあたっての条件は、あまりマイナーな作家、作品は取り上げぬこと、そして主人公の性別を月ごとに男女を交互にしてほしい、ということだった。
じゃあ、まあそういうことでと第1回に選んだのが松本清張『ゼロの焦点』。主人公は鵜原禎子。2度にわたって映画化され、ドラマも何度か放映されている。間違いなくよく知られる作品だ。ポイントは、26歳とやや行き遅れ感のある禎子が見合いで結婚をする。勤めを辞めて家庭に入り、新生活が始まる。ここまでは小説のヒロインとして成立しにくい平凡な女性だ。ところが、出張先で夫の失踪という事件が起き、いわば探偵役となって禎子が北陸の地を探索し始める。この時、平凡な女性がみるみるうちに小説のヒロインらしく成長していくのだ。
込み入ったストーリーを、あまりくわしく書かないで済むのは有名な作品に限られる。主人公からその物語を読む、というのは自分ながら新鮮であった。第2回は池波正太郎『仕掛人・藤枝梅安』シリーズ。ここまでは原稿を送付済み。第3回は梨木香歩『西の魔女が死んだ』に決めてただいま準備中。次回からは主人公をイラストに描いて掲載されることになった。もちろん、私が描くのである。
今年の仕事の柱が1本立ってうれしい。いずれ、どこかの出版社が本にしてくれないかと、ひそかに願っております。
(写真とイラストは全て筆者撮影、作)
『ドク・ホリディが暗誦するハムレット オカタケのお気軽ライフ』(春陽堂書店)岡崎武志・著
書評家・古本ライターの岡崎武志さん新作エッセイ! 古本屋めぐりや散歩、古い映画の鑑賞、ライターの仕事……さまざまな出来事を通じて感じた書評家・古本ライターのオカタケさんの日々がエッセイになりました。
書評家・古本ライターの岡崎武志さん新作エッセイ! 古本屋めぐりや散歩、古い映画の鑑賞、ライターの仕事……さまざまな出来事を通じて感じた書評家・古本ライターのオカタケさんの日々がエッセイになりました。
┃この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。
2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
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2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。