【第99回】


1月に2冊本が出た
 1月12日発売が『ここが私の東京』(ちくま文庫)。1月26日発売が『憧れの住む東京へ』(本の雑誌社)。長いライター生活でも、ひと月に2冊も本が出るのは初めて。
 昨年(2022年)9月、30年近く途切れなく仕事が続いた「サンデー毎日」の連載が終了し、月々の固定収入が一挙に減少した。由々しき事態であった。危機感を覚え、私としては珍しく、いくつか出版社へ売り込みをした。『ここが私の東京』(元本は扶桑社刊)はそのアクションで出来た本で、『憧れの住む東京へ』は「本の雑誌」連載時から本にまとまることは決定していたが、これも同じ月に出ることになった。どちらも新章を書下ろし、後者は連載の原稿を倍に膨らませる作業が待っていた。おかげで10月、11月は多忙であった。
 ほか、過去に本を作ってくれた編集者に同様のアプローチを試みたが、今にいたるもこちらは返事がない(その後、1件が成立)。怠け者の私としてはそれが精一杯。よくぞ、ひと月に2冊も本が出ることになったものだと驚いている。
 奇しくも両著は、『上京する文學』(新日本出版社刊、現在はちくま文庫)に始まる「上京した人たち」にスポットを当てた文芸評論寄りのエッセイで、その第2弾、第3弾となる。「上京」だけに的をしぼった文学論を3冊も出したのは私だけのように思う。ライター人生の50代から60代にかけての重要な仕事となった。
 私は「古本ライター」のイメージが強いらしく、初対面の編集者と話していると「うち(の雑誌、および出版社)は、古本はどうも……」と、こちらから何も言っていないのに制される時がある。仕方がないのかもしれないが、レッテルを貼って、それ以上のことを探らないのはダメな編集者だなあ、と私は心の中では思っていた。私にだって、いろいろ多方面な切り口があるのだ。むしろそれを掘り出すのが編集者本来の役目だろう。それ(古本ライター)で売っていた時代があるので、まあ仕方ないか。さまざまなことを「まあ仕方ないか」と諦めねばならぬ年齢になってきた。
 両著で取り上げた人物をここに並べておこう。正直言って、この原稿は宣伝です。
『ここが私の東京』
佐藤泰志、出久根達郎、庄野潤三、司修、開高健、藤子不二雄Ⓐ、友部正人、石田波響はきょう、富岡多惠子、松任谷由実、草野心平(書下ろし)
『憧れの住む東京へ』
赤瀬川あかせがわ原平げんぺい、洲之内徹、浅川マキ、田中小実昌こみまさ山之口やまのくちばくこう治人はると(書下ろし)
 これらの人選はどうやっているか。『上京する文學』はタイトルにある通り、文学者に限った。『ここが私の東京』から漫画家、ミュージシャンが加わって多彩な顔ぶれが作れた。まずは私が関心のある人物しか取り上げないのは当然であるが、何らかの東京についての著書がある場合はそれをベースとした。司修は『赤羽モンマルトル』、石田波響は『江東歳時記』といったふうに。正直言って、その人物については調べ始めてから多くのことを知ったケースが多い。司修、石田波響、草野心平、浅川マキ、耕治人などは、書く前は出自を含み、ほとんど知らないことだらけだった。
 出久根達郎さんは本人に、庄野潤三はその遺族に会って話を聞いた。基本的には生涯がすでに完結した個人を取り上げる方針であったが、司修、友部正人、富岡多惠子、松任谷由実各氏は存命。藤子不二雄Ⓐは執筆時には存命だったが、のち逝去された例だ。松任谷由実(ユーミン)は八王子市出身だから、立派な東京都民なのだが、自身、都心へ出る時は「東京へ行く」という意識があったようで、その差異と微妙な懸隔が新しい東京論を生んで、書いていて楽しかった。その楽しさが読者に届くといいが。

牧野伊三夫邸出版記念の宴
 故郷の北九州に帰省していた画家の牧野伊三夫さんが東京へ戻って来て、急きょ、1月2冊本が出た私の出版を祝う宴を開いてくれた。1月末の話。毎度の登場で、毎度書いていることながら、牧野邸は我が家から自転車に乗れば10分ぐらいの場所にある。
 この夜は牧野邸の宴のレギュラーYさんと、Yさんが開く「金継ぎ教室」の生徒で、牧野さんとも旧知の仲である、これもYさんという女性2人に、牧野一家、私と大人5人と子ども1人(牧野家の長男)という構成。牧野さんはわざわざ半紙を継ぎ合わせて、2冊の書名と「岡崎武志 出版記念」という手書きポスターを作ってくれた。それともう1枚。巻紙のような横長の紙に、この夜のメニューを書いてくれた。

「火の車」とあるのは、『ここが私の東京』(ちくま文庫)に登場する「草野心平」が開いていた酒場の名前のことで、そこで出されたメニューがいずれも詩人らしい独創的なものだった。牧野さんはそれになぞらえ、この夜供される料理に命名してくださったのだ。こういう遊び心が、宴を演出し盛り上げる。
 この夜、食卓に並んだのは、たとえば「悪魔のぶつぎり」。どんな料理を想像されるであろうか。これは、まぐろの刺身を中心に、タコの刺身、アボカド、青い物が皿に身を寄せている。「美女の肌」は白いかまぼこが二列に切り分けられ、その上にわさびが添えられている。「丸と角」は丸いサラミと四角いチーズ。「赤と黒」は品川巻。「びい」とはピーナッツ。これらは多く「火の車」で草野心平が命名したもの。おかきに海苔を巻いた品川巻など、そのまま皿に乗っているだけだが、「赤と黒」と名付ければそこに詩魂が宿る。ちなみに、向田邦子の飼い猫は、この品川巻が好物で、しかも海苔しか食べなかったそうである。
 そのほか「あきた」(フキノトウ)、「松江どろんこ」(海藻)などは「火の車」にもあったものか、牧野さんに確認し忘れた。締めの鍋は「武蔵野貧乏画家」といい、豆腐、ごぼう、豚肉、こんにゃく、ヤマトイモのすりつぶしが投入された。じつに楽しい饗宴であった。
 ここまで念入りに手が込んでなくても、何かの折りに自宅へ人を招いたとき、簡単なメニューを作って自分で命名するのは真似してもいいと思う。「ポテトチップス」であっても「大地の恵みスライス」と最初にメニューに書き込んで、何が出るかと客に期待させる場面を想像するだけで楽しくなるではないか。お金をかけずに生活を豊かにする術を、詩人の草野心平も知っていたし、画家の牧野伊三夫も知っている。


カズレーザーという男
 私は、朝のワイドショーも、ゴールデンタイムの民放も見る習慣がなく、その存在を知りながらとくに気を留めていなかった。カズレーザーというタレントの話である。名前を聞いてピンと来ない方も金髪と赤い服を見ればすぐ分かると思う。
 そんなカズレーザー(以下カズと省略)を大いに認識したのがBS-TBS深夜の『X年後の関係者たち』である。番組開始は2021年だが、私が気づいたのは2022年の後半。「1985年阪神タイガース」の回からだ。つまり阪神がバース・掛布・岡田のバックスリーン3連発で優勝した年だ。番組は、こうしたエポックメイキングな出来事や流行現象の当事者や関係者をスタジオに招いて、改めて話を聞くトークバラエティ。この回は掛布雅之、ファン代表の千秋ほかの出演だった。
 MCを務めるカズは1984年生まれだから取り上げる阪神優勝の年を知らないわけだが、それでも巧みに進行させ、出演者から話を聞き出し、秀逸なコメントを放つ。そのさばき方(けっして出しゃばらない)とコメントの上手さに感心したのだった。カズというタレントをこの時、はっきり頭に刻み付けたのである。
 ほか、私の見た回を挙げると「女子プロレス」「バンドブーム」「海洋堂」「ブルートレイン」「大映ドラマ」「欽ちゃんファミリー」「FIFAワールドカップ日韓大会」「吉田カバン」など(順不同)。どの回も、知らなかった裏話がふんだんに聞けて、現象そのものの本質が数十年後の今になって明らかにされていく。すっかり引き込まれてしまうのだった。
 メモを取っていないので記憶で書くが、「大映ドラマ」の回では出演者、脚本家のほか、同ドラマの偏愛者である松村邦洋が、ドラマの名場面をことごとくセリフも正確に再現してみせて笑いを取る。あきれるようにそれを眺めながらカズが「見てないけど、何だか面白そうですね」とコメントした。その場にぴったりの言葉を探して、雑誌で言えば見出しを作るのはMCの重要な役目で、彼はその点抜群の手腕を見せる。
 以来、わが頭脳の検索機能の上位に置き、たとえばNHK Eテレの『カズレーザーvs.NHK高校講座』も再放送でチェックした。これは、Eテレで放送される「NHK高校講座」(国語、数学、物理、歴史、美術等々)から出題し、その場でカズが答えるというもの。やらせでないことは、6問中2問しか正解できない回があったことで分かる。逆に6問中4問正解の回も……。すごいのは、不正解の場合でも、答えにたどりつく思考の過程がああじゃないかこうじゃないかと説明され、それが考え方としては間違っていないことである。大外れする場合もあるが、たいてい正解のすぐそばまで近づいている。MCをするNHK女子アナの「カズさん……惜しい!」という声を何度も聞いた。
 クイズ番組などにもよく顔を出すインテリ芸人として知られるが、知識が豊富なだけでなく、基本的に頭がいいんだあなと、それが芸にまでなっているのだなあ、と頭があんまりよくない私としてはほれぼれするのでした。

(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『ドク・ホリディが暗誦するハムレット オカタケのお気軽ライフ』(春陽堂書店)岡崎武志・著
書評家・古本ライターの岡崎武志さん新作エッセイ! 古本屋めぐりや散歩、古い映画の鑑賞、ライターの仕事……さまざまな出来事を通じて感じた書評家・古本ライターのオカタケさんの日々がエッセイになりました。

この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。