小川未明童話紀行「ふるさとの風光、ことばのふるさと」【2】 宮川健郎

もう一度読み返したい! 名作童話の世界。
小社刊、宮川健郎編・名作童話シリーズ『小川未明30選』に収録した、
<小川未明童話紀行>を6回に分けて転載いたします。
編者自ら作者ゆかりの地に赴き、生誕地や作品の舞台を訪ねる旅もいよいよ終盤。
未明と未明童話のふるさとである高田(新潟県上越市)を訪ねました。

少年時代の感覚
 翌日は、朝から糸魚川へ向かった。糸魚川市は上越市の西に隣接し、50キロ近い距離を高速道路で行く。そして、まず、糸魚川市歴史民俗博物館へ。博物館は、相馬御風記念館という名称もあわせもち、御風の関係の資料も多数展示されている。

相馬御風の家(新潟県糸魚川市)。

 相馬御風は、1883(明治16)年生まれで、小川未明より1歳年下だ。早稲田大学英文科を出て、詩、評論で活躍したが、評論『還元録』(1916年)を刊行したのち、家族とともに故郷の糸魚川へかえる。以後、良寛研究に熱心になり、『大愚良寛』(1918年)などをあらわす。児童向けに良寛を描いた作品に『良寛さま』(1930年)もあり、童謡「春よ来い」の作詞でも知られている。1950年没。
 先に引いた、相馬御風の「小川未明論」は、最初の未明論といえるものだが、そこには、こんなふうにも書かれている。
「未明君の芸術の背景には、フランス近代のデカダン詩人の背景に近代文明という大きな力があるように、北国の自然という大きなおそろしい力がある。未明君の芸術の殆(ほとん)ど全部は、この北国の自然のおそろしい力に対する北国人の癒すことの出来ない哀訴の声である。おそろしい自然の力に圧迫せられて、人間生活そのもののファン、ド、シェークル(世紀末──宮川注)ともいうべき一種特別のみじめな生活を営みつつある北国人の苦しい訴えの声である。」
 相馬御風が暮らした家は、没後に県の史跡に指定され、保存、公開されている。私たちは、そこへも行ってみたけれど、開け放たれた2階の窓から入る風が気もちがいい。家を管理している方は、御風のご親類だというが、帰りがけに土地の名物のマキノ式飴を一つずつくださった。大きな飴をほおばって、私たちは糸魚川をあとにした。

燕温泉(新潟県妙高市)。

 いったん上越市に帰り、さらに中郷小学校まで行く。妙高高原に近い山の小学校だ。ここにも、校庭の奥の斜面に未明の詩碑がある。私たちは、燕温泉までも足をのばした。妙高高原のかなり高地の温泉である。未明は、1893年に、母に連れられて、この温泉に来ている。当時は、信越本線の関山で降り、馬車で山道を登ってきたという。
 夕方、高田駅前にもどった。ほかの3人は、そのまま帰ることになったが、私は、ひとりでもう一泊することにした。そして、翌朝、もう一度、小川未明文学館に行き、あらためて展示をゆっくり見た。
 展示品のなかに、未明の署名入りの講談社版『定本小川未明童話全集』の何冊かがある。これは、いまは上越市中郷区になっている中郷村立の片貝小学校に寄贈され、図書室で子どもたちに読みつがれてきた本だ。同校が廃校になったことにともない、文学館に移管されたという。本のとびらの裏には、未明の直筆で彼の詩の一節が書かれ、署名がある。そのなかの1冊、全集第5巻に記された詩は、「すべての詩は、少年時代の感覚から生れる」。高田は、小川未明が18歳までをすごした土地だ。この土地ですごした少年時代の感覚から、未明の文学は生まれたのだ。
※この記事は、宮川健郎 編『名作童話小川未明30選』(春陽堂書店、2009年)に掲載した「ふるさとの風光、ことばのふるさと」を、ウェブ版として筆者である宮川健郎および編集部が加筆修正いたしました。
小川未明童話紀行「ふるさとの風光、ことばのふるさと」【3】へ続く
著書紹介
『名作童話を読む 未明・賢治・南吉』春陽堂書店
名作童話をより深く理解するための一書。児童文学作家、未明・賢治・南吉文学の研究者による鼎談。童話のふるさと写真紀行、作家・作品をさらによく知るためのブックガイドを収録しています。
『名作童話小川未明30選』春陽堂書店
一冊で一人の作家の全体像が把握できるシリーズ。「赤いろうそくと人魚」で知られる、哀感溢れる未明の世界。年譜・解説・ゆかりの地への紀行文を掲載、未明の業績を辿ることができる一冊です。
『名作童話宮沢賢治20選』春陽堂書店
初期作品から後期作品まで、名作20選と年譜、ゆかりの地を訪ねた紀行などの資料を収録、賢治の業績を辿ることができる一冊です。
『名作童話新美南吉30選』春陽堂書店
初期作品から晩年の作品まで、名作30作を収録、南吉の身辺と社会の動向を対照した年譜8頁、ゆかりの地を辿る童話紀行を収録しています。南吉の業績を辿ることができる一冊です。
この記事を書いた人
宮川 健郎(みやかわ・たけお)
1955年、東京都生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在武蔵野大学文学部教授。一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団 理事長。『宮沢賢治、めまいの練習帳』(久山社)、『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『本をとおして子どもとつきあう』(日本標準)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)ほか著者編著多数。『名作童話 小川未明30選』『名作童話 宮沢賢治20選』『名作童話 新美南吉30選』『名作童話を読む 未明・賢治・南吉』(春陽堂書店)編者。