世界各国を撮影で飛び回る動物写真家の井村淳がおおくりしている、極寒の地に生きる「タテゴトアザラシ」特集は今回が最終回。カナダ東部のセントローレンス湾に位置するマドレーヌ諸島近辺の氷上で撮影した、愛くるしいアザラシの赤ちゃんの写真とともに、厳しい環境下での撮影秘話を教えてくれた。
2016、17年のセントローレンス湾では、流氷がうまくできませんでした。しっかりと冷え込まないと氷はガッツリとは凍りません。原因は地球温暖化にあるとも言われます。2年続きで氷ができなかったことは過去にもありましたが、3年目にはしっかりと凍り、2018年、ようやく流氷ができました。
3年ぶりに訪れたマドレーヌ島でしたが、宿は閑散としていました。宿で毎回お会いする常連さんたちはみな、僕より1週間ほど早くに来て、僕が到着したときには帰るところでした。滞在期間の前半は天候にも恵まれて、氷もそこそこいい状態だったと言い残していきました。
到着した翌日、ヘリコプターに乗り、氷の上に行きました。はやる気持ちに「まだ初日、これから3〜4回チャンスはある」と言い聞かせ、その感触を楽しみながら氷を踏みしめました。
天気はくもりで背景に青空を望めないため、空を入れずに望遠レンズで少し遠目にねらいました。
青空のときは広角レンズで赤ちゃんに接近します。接近するときは警戒されないように、じっくり時間をかける必要があります。
また、その翌日もヘリコプターに乗りました。ヘリは昨日と同じ氷を目指すようです。同じ氷でも、流氷は動いているので昨日と同じ位置にはありません。目指す氷には発信器を置いていて、それをたよりに探します。しかし、昨日降りた大きな氷がなかなか見当たりません。
しばらくして、細かな氷がたくさんある辺りを旋回し始めました。どうやら昨日の氷が見つかったようです。見ると、そこはヘリコプターが降りることができないくらいに細かく砕けた氷の海でした。氷の上に白い粒が見え、アザラシの赤ちゃんがいました。
例年なら今が厚さと固さのピークの流氷が、粉々に砕けていました。気温が低くなりきらないことで氷の締まりが緩く、ちょっとした海面のうねりに氷が耐えられなかったのでしょう。
細かくなった氷の上にいた赤ちゃんは、成長する前に溺れてしまうだろうと現地スタッフは言っていました。
結局2018年はあまり撮影ができず、最初の1回だけ氷に降りたものの、あとは上空から見下ろすだけの撮影でした。初めてアザラシを見に来るお客さんは、それでも見たいと参加されていましたが、僕にとってのアザラシウォッチングは、早々に終了となってしまいました。
僕の旅程の後半は、ヘリコプターすら本土に帰ってしまい、ホテルに取り残された感じです。何もやることがない数日を過ごし、帰る日になると、今度は僕の乗るはずの飛行機が来ません。悪天候のためです。この島の飛行場は管制塔はなく、有視界飛行となり視界がクリアでないと着陸できません。乗るのは40人程度の小さなプロペラ機で、仕方なく次の便に振り替えてもらおうとすると満席でした。では空いているのはいつ?と尋ねると4日後だね、と言われ、目が丸くなりました。
悪天候によるフライトキャンセルは珍しくはなく、過去12回の渡航中5〜6回、悪天候で帰れないなどの経験があります。なので、旅程プラス2日ほど予備日として空けてありますが、今回のように4日も5日もスケジュールに余裕はみていません。僕が講師をしている写真教室の予定も複数迫っています。これは本格的にまずいぞと、心の中で冷や汗がつたいました。
他の帰り方はないか、パソコンを使いながら試行錯誤です。ない知恵を絞りながら、あらゆる可能性を考えてみました。しかし、ここは島です。
島に飛行機が来られないのならば、飛行機が来る所まで自力で移動する⁉ 僕がいるマドレーヌ島から隣のプリンスエドワード島までフェリーが定期運航していることを知り、時刻表を調べてみました。そして、プリンスエドワード島からカナダ本土に行く飛行機を調べてみました。あとは、港から空港までの移動手段はバスかタクシーかきっと何かあるだろうと推測して調べてみると、予定より2日遅れで帰ることができる可能性を見つけました。それでも本当に船がスケジュール通りに運航できるのか、プリンスエドワード島まで飛行機がキャンセルにならずに来るのかなど、憂慮する点は山積みでした。
結局、僕が当初乗る予定だったその次の便はスケジュール通りに飛びました。しかし、その次の便がまた悪天候でキャンセルになりました。こうなってくると、4日経っても島から脱出できないのではないかと、ネガティブに妄想劇が展開していきます。
絶望的に落ち込みかけた頃に、いい知らせが届きました。臨時便の運航が決定したのです。欠航便が度重なったことであふれかえる難民のような乗客の救済措置をとってくれました。これで、仕事に穴をあけずにすむと胸を撫で下ろしました。
2018年後半にエルニーニョ現象発生の情報が発表されました。エルニーニョのときは海水温が上がり、北大西洋にも影響が出ると現地のガイドさんが話していました。翌年からその次の年くらいまで影響が出るようで、しっかりとした流氷を期待しているアザラシや僕にとって、悪いニュースです。
今年2019年は、インターネットでアイスコンディションを見る限り、いい氷ができているようです。しかし、今年は残念ながら僕は都合がつかずアザラシに会いに行くことはできません。なんとももどかしい限りです。来年も氷は心配ですが挑戦してみようと、一人、決意表明をしました。
おしまい。
次回、再びケニア編。
≪≪著書紹介≫≫
『あざらしたまご』(春陽堂書店)井村 淳(著)
生まれてから、母親がそっといなくなる2週間後までのあざらしの姿をおさめた写真集。あざらしの愛くるしい寝顔や行動、見守る母親の姿が満載。様々なあざらしの仲間を表現した卵絵や、あざらしの4コマ漫画も掲載。
生まれてから、母親がそっといなくなる2週間後までのあざらしの姿をおさめた写真集。あざらしの愛くるしい寝顔や行動、見守る母親の姿が満載。様々なあざらしの仲間を表現した卵絵や、あざらしの4コマ漫画も掲載。
┃この記事を書いた人
井村 淳(いむら・じゅん)
1971年、神奈川県生まれ。日本写真芸術専門学校卒業。風景写真家、竹内敏信氏の助手を経てフリーになる。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。チーター保護基金ジャパン(CCFJ)名誉会員。主な著書に『流氷の天使』(春陽堂書店)、『大地の鼓動 HEARTBEAT OF SVANNA——井村淳動物写真集』(出版芸術社)など。
井村 淳HP『J’s WORD』http://www.jun-imura.com/
井村 淳HP『J’s WORD』http://www.jun-imura.com/