世界中の野生動物や自然の風景を追い求めてきた動物写真家・井村淳。なかでもアフリカでの撮影は26年にも及ぶ。彼は昨年の4月に、ケニアへ39回目の撮影旅行を終えて帰国した。サバンナの雄大な風景と、そこに生きる野生動物の姿をとらえた撮りおろし作品を、旅のエピソードとともにおくる。

第8回 ケニアの人たち~マサイ
 今回は、ケニアで出会ったマサイの人々のお話をします。

ピクニック・ブレックファスト(草原での朝ごはん)中、5人のマサイ族の女性が歩いてきたので交渉して撮影させてもらった。

 ケニアで撮影をする上で欠かせないのがサファリカーのドライバーです。ドライバーは、動物の前まで運んでくれるだけでなく、撮影に欠かせないパートナーみたいなものです。ドライバーに求められるものは動物を見つける能力が高いかどうか、それは単に視力というだけではなく、経験や生まれ持っての勘のようなものが大きいと考えます。そして、動物の行動を先読みして、瞬時に撮影に適したポジションを取れることも一瞬のチャンスをとらえなければならない写真家にとって強く望むところです。
 僕のパートナーは今回の連載でも度々登場しているサミーです。彼はマサイ族で、動物的な勘を備えています。さらに、長年の付き合いで僕が撮りたい被写体や、好きな角度、動物との距離感を言わずともわかってくれているので抜群の相性だと言えます。

マサイ族の集落を訪れたときの男性たち。きれいな空を背景に

 マサイマラ国立保護区の周辺にはマサイ族の集落があります。公園の端ではサファリ中にマサイ族の人を見かけることがあります。しかし、マサイ族の人たちを草原で見かけても撮影してはいけないとされています。緑の草原で色鮮やかな衣服をまとった光景はなんともフォトジェニックで誰でも写真を撮りたくなることでしょう。しかし、写真に撮られると魂が抜かれるというような話を信じている人も多いそうです。

(左)バーナーで熱を入れた瞬間、光が透過する。
(右)16人乗りのバルーンのかご。

 26年ほど前、早朝にバルーンサファリ(熱気球に乗って草原を上空から眺める)をしたことがあります。16人ほどが乗れる大きな気球です。
 朝、迎えにきたバルーン会社の車で薄暗いうちに宿を出ます。乗り場に近づくと半分膨らんだ気球が目に入ります。バーナーで空気を温めるとみるみる膨らんでいきます。バーナーの明かりで気球全体が巨大なランタンのように光を透過し、思わぬ光景に目を奪われました。
 日の出の少し前にバルーンのカゴに乗り込み、スーッと浮き上がります。東の空は明るく、気球からご来光を拝みます。

ヌーの大移動の季節のバルーン。低空から間近で観察できる。

 風に流されている間、空からサバンナを眺めます。パイロットがバーナーを操作してバルーンを上下させます。季節によってはヌーの大群や、よく目を凝らしているとネコ科のライオンやチーター、ヒョウも見られます。また、日の出の頃にマサイ族の放牧も始まります。上空から牛やヤギの群れを2~3枚撮りました。
 1時間ほどで着陸です。バルーンの動きに合わせて、地上では車が追いかけてきています。無事に着陸すると、草原のど真ん中で朝食が用意されます。スパークリングワインで乾杯をして、バイキング形式でパンやソーセージを取り、希望の卵料理も作ってくれ、贅沢な気持ちにさせてくれました。
 バルーンサファリの料金は季節によって変動しますが、朝食込みで1人450ドル前後です。

マサイ族の集落の周辺で見かけた小規模な放牧。

 朝食をすませると、宿に戻りながらサファリをします。その間に先ほど上空から見えたマサイ族の牛やヤギの群れに出合いました。すると、マサイ族の1人が車に近寄ってきて、何かを言っています。「お前、さっき上から写真を撮っただろう!」ということでした。バルーンには他にもたくさんの人が乗っていたのに、僕を見分けて言っているようでした。そんなに目が良いのか!と驚きました。

誰よりも高くとジャンプを競うマサイ族の男性たち。

 マサイ族の人たちを撮影したい場合は、マサイの集落を訪問することをお勧めします。ここは観光客を有料(15〜20ドル)で受け入れてくれます。女性たちが歓迎の歌を歌ってくれたり、男性たちはマサイジャンプを披露してくれて、撮影もOKです。マサイの村の規模は様々ですが、直径50メートルくらいの円形で木の枝などで作った囲いの中に10軒程度の小屋が並び、その中心に彼らの財産である家畜を夜の間しまっているというのが標準的なスタイルのようです。
 そんな撮影に好意的な村の中でも、年配のマサイの人はカメラを向けると嫌がることもあります。無理やり撮るのはNGです。

マサイ族の女性たちの衣装は実に鮮やかで映える。

 リピーターの中にはマサイの村に行くならとマサイの子どもたちにお土産を持参される方もいますが、到着早々に配られてしまうと、皆、手に持ってしまい写真的に好ましくない光景になってしまいます。僕がお客さんをお連れするときは、撮影をある程度こなしてから配っていただくようお願いしています。

マサイ族の集落の人たちは笑顔で迎えてくれる。

 マサイの村から帰ろうとすると、入口と違う方から出るように促されます。そこには地面に敷物をして数々のお土産品が並んでいます。それぞれの家族単位なのでしょう、10軒ほどあり、値段は言い値なので必ず交渉をします。納得いく値段になったら買います。

帰るときは土産物売りの前を通るシステムになっている。

 買い物といいますと、国立保護区のすぐ近くにある町では、以前にも話しましたが、週に1日市場が立ちます。市場に入ると、はじめは「珍しい外国人観光客が冷やかしに来たな」くらいの冷めた反応ですが、品物を手にとって「いくら?」と聞き始めると、「こいつ客だな!」と急に同じような品物を持った売り子が集まってきて10人くらいに囲まれてしまいます。
 少しウザくなったら、カメラを構えて撮るふりをすると、集まった売り子の半分くらいがスーッと離れていきます。押し売りしてくるときにはこの手も有効です。無理やり撮影するとお金を要求してくることもあるので要注意ですが……。

市場で売り子に囲まれてしまったので記念撮影。

 ケニアの人たちがみな写真が嫌いかというとそうでもありません。昨今では、マサイ族の人々もスマホを持つ人が多く、写真が身近なものになっています。
 宿で働いている女の子に「写真撮らせて?」と言うと喜んで受け入れてくれて、慣れているのか、ポーズまでしてくれます。
 それを見ていた宿のマネージャーが近寄ってきて「僕も撮ってくれよ」と言ってきました。笑顔で始まり、目線をそらせたポーズにシリアスな表情など、次々と撮らされてしまいました。
 撮影が終わると「その写真をちょうだい」と言われたので、事務所のパソコンにデータをコピーしてあげました。
 昔なら「次に来たときにあげるね」と不確かな約束をして終わるのですが、今はデータコピーができるため、そうもいきません。さらに、すぐに自分のスマホにデータをコピーして誰かに送信していました。
 サバンナのど真ん中でもそんなことができるなんて、昭和生まれの僕には、チーターより速い時代のスピードについていくのがやっとです。

宿で働く人たち。

 次回は、ついに最終回。草原の王ライオンの話をします。

今年の干支でもあるイボイノシシと飛び立つアカハシウシツツキ。


著書紹介

『流氷の天使』春陽堂書店
タテゴトアザラシの赤ちゃんが母親と一緒に過ごすのはたったの二週間。その短い間にぐんぐん大きくなり、大福のように愛らしく成長していく過程を追った写真集。

『あざらしたまご』春陽堂書店
生まれてから、母親がそっといなくなる2週間後までのあざらしの姿をおさめた写真集。あざらしの愛くるしい寝顔や行動、見守る母親の姿が満載。様々なあざらしの仲間を表現した卵絵や、あざらしの4コマ漫画も掲載。
この記事を書いた人
井村 淳(いむら・じゅん)
1971年、神奈川県生まれ。日本写真芸術専門学校卒業。風景写真家、竹内敏信氏の助手を経てフリーになる。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。チーター保護基金ジャパン(CCFJ)名誉会員。主な著書に『流氷の天使』(春陽堂書店)、『大地の鼓動 HEARTBEAT OF SVANNA——井村淳動物写真集』(出版芸術社)など。
井村 淳HP『J’s WORD』http://www.jun-imura.com/