第4回 乱歩講座-江戸川乱歩を読んでみる
「パノラマ島奇談」 理想の空間を作り上げる【前編】

江戸川乱歩研究者  落合 教幸

 その筆名に端的にあらわれているように、江戸川乱歩が最重要視した作家のひとりが、エドガー・アラン・ポーであった。
 ポーは19世紀前半のアメリカの作家で、探偵小説史の始まりとして位置づけられる。彼の書いた探偵小説といえるものは、3篇とも5篇ともいわれているが、それ以外にも数多くの小説や詩、評論を書き残している。
 乱歩は大学時代にポーだけでなく多くの探偵小説を読んだ。ポーは谷崎潤一郎や芥川龍之介といった作家たちにも好まれ、影響を与えていた。だが、コナン・ドイルや、他の探偵小説は、一段低いものと見られ、読んでいることを知られるのは多少の恥ずかしさもあったと『探偵小説四十年』などで乱歩は回顧している。
 しかし乱歩は、この頃すでに備わっていた性格で、興味の対象を徹底して蒐集・整理することにのめり込んでいくのだった。貧乏な学生だったので書物を買い集めることはできなかったが、いくつもの図書館をまわり、探偵小説を読み漁った。それだけでなく、乱歩は読書の成果を『奇譚』という1冊の手製の本にまとめている。探偵小説・幻想文学のブックガイドとでもいえそうな小冊子である。
 この『奇譚』で最も重要な作家として扱われているのが、ポーである。多くのページを使ってポーの紹介をしただけでなく、他の作家の評価基準としてもポーを用いた。こうしたポー重視の姿勢は後年まで続いていく。
 乱歩は1923(大正12)年に「二銭銅貨」を発表、以後、翌1924(大正13)年にかけて、5つの短篇を雑誌『新青年』に発表しただけだった。しかし、専業作家となった1925(大正14)年と、東京へ転居した1926(大正15・昭和元)年は、乱歩の多作の年で、数多くの短篇小説と、長篇小説をいくつか発表している。
 この時期の乱歩の短篇に、ポーの影響が明らかなものがある。
最初の作品である「二銭銅貨」は、点字を使った暗号が重要な鍵となっている。これはポーの暗号論に乱歩が興味を持ったことからきたものである。また、少し意外なところでは「D坂の殺人事件」の場合、ポーの「モルグ街の殺人事件」のような密室殺人は日本的な家屋では不可能ではないか、という意見への反論として書いたものでもあると乱歩は述べている。他にも「踊る一寸法師」はポーの「ホップフロッグ」(「跳ね蛙」)から着想を得て書かれている。抑圧されてきた者が過激な復讐へ走る物語である。
 
 そして1926年の秋から、「パノラマ島奇談」の連載が始まる。『新青年』10月号に第1回が掲載、翌年の4月号で完結した。1926年に乱歩は、1月に東京へ移住、同時に3つの連載を進めるという、無理のある執筆活動をしている。その結果としてこれらの長篇はいずれも不本意なものとなってしまう。その一方で短篇は水準の高いものを発表し続けていた。それまで『新青年』を中心としていた乱歩だったが、他の雑誌にも活動の場を広げていった。
 その頃『新青年』編集部には、横溝正史が在籍している。神戸にいた横溝を乱歩が東京へ呼び寄せ、博文館への就職の後押しをしたようなかたちだった。『新青年』からやや離れていく格好になっていた乱歩に、横溝は原稿を依頼した。そうして生まれたのが「パノラマ島奇談」だった。
 
 この小説の特徴はいくつもある。まず、最初の仕掛けとなった、入れ替わりというトリックである。その前提となっているのは、主人公である小説家の人見ひとみ広介こうすけが、同級生だった富豪の菰田こもだ源三郎げんざぶろうと瓜二つの容貌をしていることがある。死んだ富豪に成り代わり、その財産を手にするのである。
 これはもちろんポーの「ウィリアム・ウィルソン」が念頭にあったはずだ。自分とそっくりの姿をした者はドッペルゲンガーといって、その姿を見ることは死の予兆とされている。この分身を扱った作品は数多く、ポーのこの短篇もそのひとつである。自分と同じ容姿、同じ名前を持った同級生と出会った主人公は、そのもう一人から嫌がらせをされる。寄宿学校を去り、進学するとその先でも攻撃を受ける。相手の追撃は続き、破滅へと向かっていく。
 同様のテーマとして乱歩はこれ以前にも、「双生児」といった短篇を書いているし、かなり通俗化されたものとして、明智や怪人二十面相の使う変装術というものにまで続いていく。また逆に、死んだはずの富豪が別人のふりをしてあらわれる「白髪鬼」のようなものもある。自己同一性の問題は、乱歩の書く探偵小説の最も重要な部分だろう。
 そしてこの小説のタイトルとなっている「パノラマ」である。パノラマとは、円環状の壁に風景画を描き、遠近法などを利用して、広大な景色を眺めているように見せるものである。これを使って、壮大な景色や戦争の場面を再現する見世物が各地で営業された。日本では、明治の後半に流行した。このような作られた世界に乱歩は強く惹きつけられたのだった。
 ポーの小説に「アルンハイムの地所」というのがある。この小説は、莫大な遺産を相続して、それを使って庭園を作成するという話である。物語よりも、作り上げていく理想の庭園について書いたものといえるだろう。ポーが庭園を描いた作品には他にも「ランダーの別荘」「ウィサヒコンの朝」などがあって、こうした作品を庭園ものとしてまとめることもしばしば行われる。理想の空間を描くことは、ポーの重要なテーマのひとつだったと考えられる。
 ポーの影響というより、共通するものを感じたのだろうが、自分の世界を作り出す行為は、乱歩にも重要なものとなる。乱歩のこうした世界への欲望は、他の作品にも見ることができる。

この記事を書いた人
落合教幸(おちあい・たかゆき)
1973年神奈川県生まれ。日本近代文学研究者。専門は日本の探偵小説。立教大学大学院在学中の2003年より江戸川乱歩旧蔵資料の整理、研究に携わり、2017年3月まで立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターの学術調査員を務める。春陽堂書店『江戸川乱歩文庫』全30巻の監修と解説を担当。共著書に『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社 2017)、『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』(春陽堂書店 2018)、『江戸川乱歩新世紀-越境する探偵小説』(ひつじ書房 2019)。