第4回 乱歩講座-江戸川乱歩を読んでみる
「パノラマ島奇談」 理想の空間を作り上げる【後編】

江戸川乱歩研究者  落合 教幸

 死んだ富豪になりすました人見広介ひとみひろすけは、以前からの夢だった理想郷の建設を進める。M県の南にある孤島で大工事を行なった。ガラス製の海底トンネルを抜けると、広大な大森林や広野があらわれる。人見は妻を導いて、パノラマの魅力を語っていく。偽の夫であることを隠しながらパノラマ島を案内する場面は、この小説の中で最も魅力的な部分だろう。
 乱歩の小説には、こうした人工的に作られた世界を描くものが数多く存在する。
 この「パノラマ島奇談」の、約3年後に発表された「押絵と旅する男」で語られるのは、抱え込んで携帯することのできる、押絵の世界に入り込んだ男についての話である。列車の中で老人が語ったのは、持っている押絵にまつわる物語だった。そこには、奇妙な方法で空間の限界を乗り越えた、彼の親しい人間の姿があった。覗きからくりという仕掛けと、浅草十二階からの眺め、望遠鏡という光学装置をからませて、乱歩は世界を切り取って見せたのである。
 長篇でも、「蜘蛛男」の連続殺人鬼は、自分の世界を作り出している。蜘蛛男は美しい女性を次々と殺していき、飾り立てた死体を街に配置する。神田のショーウインドーや江ノ島の水族館がその展示場所となった。そして彼が最後に作り出そうとしたのが、鶴見遊園の一角に新設されるパノラマ館であった。そこに49体の苦悶する裸女を展示して、見世物にしようというのだ。
「地獄風景」は、平凡社から刊行された最初の江戸川乱歩全集の附録として書かれたものである。この小説は「パノラマ島奇談」を語りなおしたものといえる。乱歩も「パノラマ島趣味のカリカチュア」「道化パノラマ島奇談」とも解説している。M県南部Y市の郊外に、旧家の資産を受け継いだ男が、巨大な遊園地を作り上げる。そこで大量殺人が予告される。犯人当て企画の小説ということもあってか、かなり舞台設定は無理があるのだが、乱歩が触れてきた見世物的なものが列挙されているのが興味深い。
 そして「盲獣」は、視覚を持たない男だが、しかし財力を用いて残虐な殺人を繰り返していく。彼が作り出したのは、触覚芸術の世界だった。盲獣は地底にアトリエを持っており、そこに誘拐した女性たちを連れ込む。そのアトリエでは人体のあらゆる部分が、さながら風景のように山や谷をかたちづくっているのである。
「大暗室」は、大犯罪者となった青年と、彼と止めようとするもうひとりの青年との、悪と正義の戦いの物語である。タイトルにもなっている、犯罪者が作り上げる大暗室と呼ばれる地底世界については、そこへ案内された新聞記者たちからの情報として詳細に記述されている。莫大な財産を使って東京の地下に作られた空間には、白い羽を持つ天女が誘う天国のような部屋と、人魚が拷問を受ける地獄の部屋があった。犯罪者大曾根おおそねは、少女歌劇の花菱はなびしランを誘拐し、大暗室の人魚に加えようとする。
 戦後の長篇では「影男」が、それまでの乱歩長篇の傾向の延長線上にある。脅迫をなりわいとする影男と、殺人請負会社とが、協力と対立をし、そこに明智と警察がからんでいく。さらに地底世界の見世物を興行している男も登場する。地底世界では、裸女を用いて森林がかたちづくられている。明智の罠にかかり警察に追われた悪漢たちは、洞窟の奥へと逃げ込むのだが、そこにはさらなる驚異的な見世物が展開されている。
 もちろん少年物でも、怪人二十面相の隠れ家などには、宝物などを集めたある種の小さな世界が作られているのを見ることができる。他にも、見世物的な興行を登場させているものも多い。たとえば「電人M」では、月世界を探検旅行できる見世物が描かれる。そこを隠れ蓑として使い、怪人二十面相とその部下たちが暗躍するのである。
 随筆「幻影の城主」は乱歩の少年時代からの性格を語ったもので、多くの随筆集などに採録されている。乱歩は現実世界への興味が薄く、実際に起こった事件などから着想を得ることはないという。少年期から活字の世界に深く入り込んだ。現実の世界から離れて、幻影の国に一城を築いて、その城主となることを望んだのだ。
 乱歩のパノラマ趣味が書かれた随筆として知られるのが「旅順開戦館」である。これも少年期のことを書いたもので、日露戦争の一場面を再現した見世物に魅了された乱歩は、翌日に自分でその再現を試みたという。他に幻燈器機を使った影絵芝居、パノラマの見世物、八幡の藪知らずと呼ばれる幽霊屋敷など、乱歩はこうした見世物に惹かれてきたのだった。
 多くの小説で乱歩が繰り返して人工世界を描いたのは、こうした背景もあった。
 乱歩の描いたパノラマは、取捨選択した要素を凝縮して、一望のもとに見渡せるようにすることだといえる。そうした乱歩の欲望が見えるのは小説の中だけとは限らない。例えば乱歩が、自分の人生を数冊のスクラップブックにまとめたことや、探偵小説のトリックを分類して一覧表にしたことなど、乱歩の重要な活動にもかかわってくるように思えるのである。

江戸川乱歩文庫『パノラマ島奇談』(春陽堂書店)より

 次回は、「人間豹」を取り上げる。
 乱歩の長篇小説に登場する怪人たちについて見ていきたい。

この記事を書いた人
落合教幸(おちあい・たかゆき)
1973年神奈川県生まれ。日本近代文学研究者。専門は日本の探偵小説。立教大学大学院在学中の2003年より江戸川乱歩旧蔵資料の整理、研究に携わり、2017年3月まで立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターの学術調査員を務める。春陽堂書店『江戸川乱歩文庫』全30巻の監修と解説を担当。共著書に『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社 2017)、『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』(春陽堂書店 2018)、『江戸川乱歩新世紀-越境する探偵小説』(ひつじ書房 2019)。