第6回 乱歩講座-江戸川乱歩を読んでみる
「陰獣」、探偵作家たちのなかで

江戸川乱歩研究者  落合 教幸

 誰にも社交的な面と非社交的な面があるものだが、江戸川乱歩の人生には、その両者が極端にあらわれている。
 書斎に閉じこもって誰にも会わずにいたり、ひとり旅に出たりというような面もあれば、多くの仲間を集めてリーダーシップを発揮したりもした。社交的になったといわれる戦後について見ても、乱歩は探偵小説界をまとめ、その発展の中心となっていくのだが、自宅にある土蔵の中で、多くの書物を整理する作業を黙々と行っている時間も持っていたのである。
 乱歩自身も早い時期からそうした傾向は自覚していて、随筆でもそのことを書いている。「私の中には二人の人間が住んでいて、一人は小説でも書こうという方の、それ故はにかみ屋で、人みしりで、原稿を書いている所へ人が来れば、小学生の様に両手でそれを隠すといった風な男だが、もう一人は仲々商売人で、政略家で、ずうずうしくて、甚だ人みしりをしない男なのである」(「無駄話」『悪人志願』)。
 探偵小説家として出発した乱歩は、大阪で暮らしていた。そこで知り合いを増やしていく。探偵小説はまだ新しい文芸のジャンルで、各地で愛好家の集まりができていった。大阪毎日新聞の春野かすがのみどりが乱歩と相談し、関西在住の作家や愛好家たちを勧誘してできたのが、探偵趣味の会だった。こういうときには、乱歩の社交的な面が出ていたのだろう。
 乱歩をはじめ、多くの探偵作家を生み出していた雑誌『新青年』は、探偵小説の中心ではあったが、探偵小説専門誌ではなかった。探偵小説の作家たちは、同人誌として『探偵趣味』を創刊して、探偵小説や作家についての情報を掲載していった。
 この『探偵趣味』は、第三号まで大阪のサンデー・ニュース社から刊行された。四号からは東京の春陽堂が刊行し、一般書店にも並ぶようになった。編集は交代制で、江戸川乱歩、春日野緑に続き、小酒井こさかい不木ふぼく西田にしだ政治まさじ甲賀こうが三郎さぶろうらがあたった。第十号からは小酒井不木、甲賀三郎、江戸川乱歩の3名体制で、実際は水谷みずたにじゅんが編集作業を行った。水谷は後に『新青年』編集長を長く務めることになる。
 また、探偵趣味の会は、探偵小説年鑑に当たるような「創作探偵小説選集」も刊行している。こうした活動によって、探偵小説が知られるようになり、人的な交流も作られていくことになるのだった。
 そうしたなかで、乱歩の友人となったひとりが、横溝正史であった。横溝は、戦後になって発表した金田一耕助のシリーズが代表作となっている。しかし、『新青年』に作品が掲載されたのは乱歩よりも少し早く、乱歩と同時期から執筆している。神戸在住だった横溝は、大阪にいた乱歩と早い時期から知り合いになり、活動をともにした。
 乱歩は1926(大正15)年に東京へと移って、すぐに横溝を東京に呼んだ。映画の企画を進める予定だったがそれが頓挫したため、横溝は『新青年』編集部に入ることになった。横溝はそこで、編集者としての才能を発揮していく。乱歩の「パノラマ島奇談」もこの時期に掲載されたものである。その後横溝は、森下もりした雨村うそんから『新青年』編集長を引き継ぎ、誌面をよりモダンなものに変えていった。
 一方乱歩は、『新青年』で多くの小説を発表しただけでなく、他の雑誌にも活動の場を広げていった。さらに『朝日新聞』の連載小説も引き受けることになるのだった。この新聞連載「一寸法師」が、名探偵明智小五郎の登場する初の長篇だったことは以前の回で述べた。そしてこの長篇は、乱歩にとって納得のいくものにはならず、休筆へとつながっていく。
 この約一年半は乱歩にとって必要な充電期間だったが、すでに乱歩は人気作家だったから、原稿は求められていた。小説は発表しなくても、随筆を提供することはあったので、同時代の読者にも乱歩の動向は知られている。
 また、小酒井不木などは、合作を呼びかけるなど、後輩作家である乱歩に気を配ってもいた。不木は『新青年』に乱歩の最初の短篇「二銭銅貨」が掲載されたときに推薦文を書いた作家・評論家である。『新青年』編集長だった森下雨村とともに、乱歩を世に出した人物で、乱歩もこの2人を恩人として随筆などにも書いている。不木は1929(昭和4)年に若くして亡くなってしまうが、初期に探偵小説を広めた功績は大きかった。
 この時期、休筆とはいいながら、乱歩は完全に小説の執筆から手を引いたわけではなく、試行錯誤を続けていた。この時に書かれていたもののなかには「押絵と旅する男」の草稿もあったが、これは小酒井不木を訪ねて名古屋へ宿泊した夜に破棄してしまう。
 こうしたなかで「陰獣」は書かれた。当初は雑誌『改造』のために書かれたものだったが、分量が多くなりすぎたため、横溝正史に相談したところ、『新青年』に掲載されることになった。予告などに使われる宣伝文も横溝によって書かれたようだ。一挙掲載とはならずに、3回に分けて掲載された。

この記事を書いた人
落合教幸(おちあい・たかゆき)
1973年神奈川県生まれ。日本近代文学研究者。専門は日本の探偵小説。立教大学大学院在学中の2003年より江戸川乱歩旧蔵資料の整理、研究に携わり、2017年3月まで立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターの学術調査員を務める。春陽堂書店『江戸川乱歩文庫』全30巻の監修と解説を担当。共著書に『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社 2017)、『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』(春陽堂書店 2018)、『江戸川乱歩新世紀-越境する探偵小説』(ひつじ書房 2019)。