第3回 乱歩講座-江戸川乱歩を読んでみる【後編】
「魔術師」明智小五郎の継続

江戸川乱歩研究者  落合 教幸

 監禁されていた明智小五郎は、魔術師の娘の助力を得て危機を脱し、魔術師の復讐を防ごうとする。犯罪の動機に復讐を置き、それが子孫にまで及んでいくのは、乱歩も愛読した明治の探偵作家、黒岩涙香の諸作を思わせる。またピストルの弾を抜いておくというような、モーリス・ルブランのルパンを彷彿とさせる場面もある。
 乱歩は長篇作品を涙香とルブランを合わせたようなものをイメージして書いていたと述べていて、それがこうしたところにもあらわれているのだろう。さらに時計台を断頭台として使うことや、煉瓦壁に生き埋めにするなど、エドガー・アラン・ポーからの借用も行っている。こうした長篇では乱歩は独創性にこだわらず、多くの先行作品の趣向を盛り込んでいく方針だった。
 魔術師は玉村家の人々に襲いかかる。単に殺害をしようとするのではなく、復讐の起源となった場面を再現し、彼らを苦しめていく。魔術師の目的が明かされ、明智と対決するに至る。
 この作品のみどころのひとつは、主犯である魔術師が退場した後も、復讐が継続していくことである。乱歩の多くの長篇で、犯人が派手な死を遂げる場面が結末となる。しかしこの「魔術師」では、蛇に象徴される復讐の呪いが描かれるのだ(ちなみに乱歩は後年、『獄門島』の著者でもある友人の作家に「ぼく犬神だの蛇神だの大嫌いだ」と言ったという)。
 乱歩の作品には、明智が最後にだけ登場する物語も多いのだが、この「魔術師」では、明智が終始活躍している。おそらく乱歩は明智小五郎を続けて使っていく考えを固めたのだろう。
 たとえば途中で、明智の住居についても説明がある。ここでは「D坂の殺人事件」時代の明智にも言及されている。当時は煙草屋か何かの二階の四畳半を借りて、本の山の中で暮らしていたのだった。現在の明智が暮らすのは、お茶の水の開化アパートである。2階の3室を、客間、書斎、寝室としている。ここでも大量の蔵書を持ち、書斎の四方の壁は本棚になっている。デスクの上、安楽椅子の肘掛け、電気スタンドの台の上、敷きつめた絨毯の上にも本が散乱しているという状態である。
 こうした明智の私生活なども描かれるとともに、文代ふみよを助手にむかえ、「吸血鬼」事件へと物語が続くことが述べられている。
 講談社にはもうひとつ『キング』という雑誌があった。こちらは「蜘蛛男」「魔術師」を連載していた『講談倶楽部』よりさらに多い発行部数で、100万部を越えることもあったというほどだった。その『キング』にも乱歩は書くことになる。それが「黄金仮面」である。
 この長篇については、雑誌の性格を考えて過激な描写を控えるなどの配慮をしたことを乱歩はのちに解説している。この作品での敵役となる「黄金仮面」との対決を活劇的に描いた。F国大使邸での舞踏会、賊の隠れ家やきらびやかな宝物、飛行機を使った逃走など、派手なものになっている。
 そして次の「吸血鬼」は、雑誌ではなく新聞の連載となった。そのころ講談社の野間社長が経営に乗り出していた「報知新聞」である。
 ここで少年助手の小林芳雄が初登場となった。「林檎の様な頬をした、詰襟服の少年」である。明智がこの後も年を取っていくのに対し、小林少年は以降も少年のままである。「魔術師」事件を経て助手となった文代と、この小林少年が明智を助けていく。
 明智が取り組むのは、美貌の未亡人の息子が誘拐された事件である。未亡人の恋人である青年から依頼され、明智は事件に乗り出していく。しかし犯人は明智の助手の文代をも誘拐するのである。恒川警部と連携して、明智は犯人を追う。
 そしてこの「吸血鬼」結末では、明智の結婚についても言及されている。明智の活動もここで一旦は休止となった。
「蜘蛛男」「魔術師」「黄金仮面」「吸血鬼」と、こうして乱歩中期の前半に明智の活躍が並ぶことになった。
 乱歩はこのあと、1932(昭和7)年、1935(昭和10)年と、二度の休筆を挟んだ。しばらくの期間を置いて、明智はまた登場することになる。明智の長篇は「人間豹」「黒蜥蜴」「暗黒星」「悪魔の紋章」「地獄の道化師」と続いていった。この時期の乱歩は、多くの本を読んで、評論や随筆を書き、全集や傑作集の編集にも携わるなど、小説以外の仕事にも力を入れている。そうしたなかで吸収した知識が、この時期の長篇にも垣間見える。これらの長篇については、乱歩がどのような工夫をしていったかを見ていくのも良いかもしれない。
 明智の環境も少し変化していた。開化アパートをすでに引き払い、あざりゅうちょうに家庭を持っている。住んでいるのは明智とその夫人、そして助手の小林少年である。
 この時期の明智小五郎の重要な転機は、いうまでもなく少年物への登場である。乱歩の「怪人二十面相」は、1936(昭和11)年に『少年倶楽部』に連載された。すでに少年助手の小林芳雄は「吸血鬼」でも登場しているが、少年物ではより重要な役割を担うことになる。
「怪人二十面相」の結末で少年探偵団の結成が宣言され、これ以降「少年探偵団」「妖怪博士」「大金塊」と少年物は続く。戦争による中断を経て、1949(昭和24)年に「青銅の魔人」の連載が始まる。乱歩の最後の作品となる1962(昭和32)年の「超人ニコラ(黄金の怪獣)」まで、少年探偵団と明智小五郎の連携は続いたのだった。
 戦後の明智の住居は、千代田区の一戸建てに移った後、西洋風の麹町アパートに入居したとされる。明智夫人は胸を患って療養所に入り、明智と小林少年との2人暮らしとなった。
 戦後の明智が描かれる作品は、少年物だけではなかった。従来の大衆向け長篇の路線を継承したような「影男」では、明智の存在は控えめであったが、戦後の乱歩の重要な作品のひとつ「化人幻戯」では、明智の活躍を見ることができる。ここでの明智は、それなりの年輪を重ねた人物として描かれる。痩せ型であることに変わりはないが、顔には皺ができ、髪は半白になっている。
 名探偵・明智小五郎は乱歩の多くの小説で活躍する。明智を軸にして乱歩の作品をたどっていくのも面白い。
 還暦を機に本格的に小説執筆に復帰しようとした乱歩が、「化人幻戯」で明智を使ったことを見ても、乱歩にとって明智が重要な存在であり続けていたことがわかる。たとえばコナン・ドイルがシャーロック・ホームズに抱いたような感情はなかっただろう。
 しかしその一方で、乱歩が明智以外の探偵を使ったことは何度もあった。もしかすると、明智小五郎以外の探偵の可能性を試していたのかもしれない。明智の登場しない作品にも重要なものは多くあり、それらに登場する探偵が発展していった場合、はたしてどのような活躍を見せてくれたのだろう。

江戸川乱歩文庫『魔術師』(春陽堂書店)より

次回は「パノラマ島奇談」を取り上げる。
理想の王国を作り上げるという欲望について見ていきたい。

この記事を書いた人
落合教幸(おちあい・たかゆき)
1973年神奈川県生まれ。日本近代文学研究者。専門は日本の探偵小説。立教大学大学院在学中の2003年より江戸川乱歩旧蔵資料の整理、研究に携わり、2017年3月まで立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターの学術調査員を務める。春陽堂書店『江戸川乱歩文庫』全30巻の監修と解説を担当。共著書に『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社 2017)、『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』(春陽堂書店 2018)、『江戸川乱歩新世紀-越境する探偵小説』(ひつじ書房 2019)。