本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第一回「プロローグ」

これから、本を温ねる旅をします。

僕は日本で本づくりを始めました。ドイツでブックアートと出会い、向き合って深めてきました。そして今これから日本を拠点にブックアートの制作活動を展開していこうとしています。ブックアートに関わり得る日本のいろいろなことを、なんとなく知っているような気になっていることを、改めてよく知りたいと思っています。
これは、そういう目的を持った旅です。

※1 太田泰友「Die Forelle(鱒)」2014、Photo : Stefan Gunnesch

これは、本の未来につながっていく旅です。

「子曰、温故而知新、可以為師矣。」
 いわく、ふるきをたずねてあたらしきをる、ってるべし。
論語の有名な一節です。

情報を伝達するメディアとして長い歴史の中で重要な役割を担ってきた〈本〉ですが、技術的な革新があったり、時代背景によってそれぞれのニーズがあったりする中で、時に形を変えながら今日の姿に至りました。
比較的新しい歴史の中では、2010年が電子書籍元年と呼ばれています。

〈本〉が持つさまざまな側面のうち、流通面において大きなメリットのある電子書籍の登場が話題となり、これによって紙の本がなくなるのではないかという議論を当時よく耳にしました。この紙の本の絶体絶命のピンチらしき状況は、むしろビッグチャンスであったように僕は思います。

電子書籍と紙の本の比較によって、人々は〈本〉が持つ特徴に意識的になれたはずです。「電子書籍にはこんなメリットがあるけど、こういうところは紙の本に遠く及ばないよね」などという会話がいろいろなところで聞かれました。そして、紙の本にどんな特長があるのか、どうして紙の本に対する特有の愛着があるのかなど、改めて言葉にしながら認識できたのではないでしょうか。

ちょうどそういった話題が熱を帯びている頃、日本の大学で本づくりを研究していた僕は、紙の本が苦手とする部分はさて置いて、特長を極度に伸ばした形がブックアートなのではないかと考え、ブックアートが持つ可能性を意識し始めました。

この何十年か、少なくとも僕が生まれてきてから〈本〉というメディアに対する一般的なイメージは、決して大きく変わることはなかったように思います。
それが電子書籍の登場によって、〈本〉が持つ役割を分担するようにして、電子書籍のような形と紙の本のような形に、ざっくりと言ってしまえば二分されるような考え方をしやすくなりました。そして、それぞれがそれぞれのフィールドで追究されていくことによって、結果的に〈本〉という大本のメディアは、さらに熟成されていくでしょう。

僕が制作するブックアートの作品は、自らの左右の手で作り上げることが多いです。手によってしか作ることができない工程に、作品の特徴があると言えるかもしれません。


※2 太田泰友「Vom sinnvollen Abstand und dem notwendigen Zusammenhalt(有意義な距離と不可欠な結合について)」2014、Photo: Stefan Gunnesch

一方で、手作業にはノスタルジックなイメージがつきまといがちです。それは、もともと手作業で作られていたものが、技術の革新によって機械でできるようになったという流れからくるものでしょう。
ノスタルジック(郷愁)なイメージは、一歩間違うとアナクロニスティック(時代錯誤)になってしまいかねないとも思いますが、決してそれ自体がネガティブなものではありません。

しかし、僕は、本の新しい可能性を見てみたい気持ちでブックアートに勤しんでいます。それは決してノスタルジックなだけのものであってはなりません。故い技術を目の前にした時はたいてい見入ってしまいます。故いため、常日頃から見慣れたものではないからです。けれど、その今は故い技術も、いたって日常的であったり、あるいは最新の優れたものであった時代が存在したのです。その技術がどれだけ普遍的であっても、時間の流れとともにその後ろに存在する背景は変わっています。バックグラウンドが変化する中で、何も変えずにいたら、その技術が価値を発揮し続けることは難しいことなのではないでしょうか。

技術自体が優れているのだとしたら、その用い方を作品のコンセプトに合わせて変化させ、それらを組み合わせることで新たな価値を見出そうとするのが僕のブックアートです。ブックアートが、全ての本の未来を背負うことは難しいですが、ブックアートによって示された本の新しい可能性の一端が、本の未来を切り拓く一つのきっかけになることは、十分にあり得ることだと思います。

著者がドイツで活版印刷の職業訓練を受けていた当時(2014年)の工房内の様子。

この世界には、これまでの〈本〉を支え続けてきた素晴らしい技術がたくさん存在しています。かけがえのない宝物です。〈本〉の重要な要素であるこの宝物を、一つ一つ丁寧に見直して、噛み砕き、吸収することは、ブックアートを追究することにもつながっていき、いてはそれが〈本〉の未来につながっていくことを望んでいます。これは、そういう目論見も携えた旅です。

これは、「温ねる」旅です。
「尋ねる」ことで満足しては、きっと「新しき」は知れないのでしょう。「温ね」て、そして「温め」られたらいいとも思います。紙の本が売れなくなり、冷え込んでいるという話も聞くことがあります。もしそうだとしたら、紙の本が持つ特長を温ねて、改めて捉え直し、新しい方法で温めたいものです。皆でおしくらまんじゅうをして温まったり、鳥が卵を孵化させるために抱卵したり、そのような感じで〈本〉を温める。
これは〈本〉を温ね、温める旅です。

〈本〉を取り囲む宝物を改めて温ねて、その宝物の新しい姿を見出すことができれば、それはブックアートに成り得て、そして〈本〉の未来を切り拓くことになるでしょう。
本を温ねて、ブックアートを知る旅が、今始まります。

作品紹介
※1 Die Forelle(鱒)
フランツ・シューベルトの歌曲『鱒』の詩を題材としたブックアート作品。歌詞と合わせてリノリウム版画を、オリジナルの構造の本にのせている。ページ一枚の構造は竹簡ちくかんの構造を採っており、その構造から生まれる独特な動きは水や川の中での鱒の動きを連想させる。一方で通常の竹簡と異なるのは、それら一枚一枚が束となって綴じられていることである。竹簡のアジアを連想させるイメージから一転、エジプトや西洋の伝統的な本の形を連想させるコプティック製本を応用した構造となっている。竹簡はもともと中国で縦書きに用いられていたが、この構造にドイツ語をのせることで、タイポグラフィのアプローチもしている。縦書き用のフォーマットにアルファベットをのせることで、文字の進行方向を改めて強く意識させられる。
※2 Vom sinnvollen Abstand und dem notwendigen Zusammenhalt(有意義な距離と不可欠な結合について)
フランスの哲学者ミシェル・セール『アトラス』の一節、「家の中には多数の適切な距離が存在する」を起点に制作したブックアート作品。作品全体は家の間取り図になっており、それぞれの部屋には一冊の本が配置されている。家の入り口に配置された本の中には、作品の発端となった一節が収められており、その他の部屋の本には、それぞれの部屋に合わせた家具とその寸法が収められている。19世紀イギリスの詩人・デザイナー、ウィリアム・モリスが「最も美しい芸術を問われたなら美しい家と答えよう。次に美しい本である」と家と本を並べたことをはじめ、本は空間として例えられることが多い。このプロジェクトでは、空間としての本をブック・オブジェクトとして体現した。
「Die Forelle」と「Vom sinnvollen Abstand und dem notwendigen Zusammenhalt」の2作品は、著者がドイツで初めて完成させて、2014年3月のライプツィヒ・ブックフェアで発表した作品。この発表がドイツのブックアート界や、ヨーロッパのブックアートのコレクターたちの間で話題となり、著者のドイツを拠点とした活動が一気に拓けていくこととなる。「Vom sinnvollen Abstand und dem notwendigen Zusammenhalt」は、2015年にドイツ・ヤング・ブックデザイン奨励賞(Förderpreis für junge Buch-Gestaltung)のショートリストに入り、ブックデザインの世界でも高評価を得た。

第二回 「和紙を温ねて(1)」に続く


この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)