本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第二回 「和紙を温ねて(1)」

本は、たくさんの材料や技術からできていますが、今回、旅の最初に温ねたのは「紙」です。高知県に暮らす手漉き和紙作家、ロギール・アウテンボーガルト氏を訪れてきました。

「高知の和紙」を旅のスタートに選んだのには訳があります。僕が1歳の時に亡くなった祖父がいるのですが、僕はその祖父によく似ているとずっと言われてきました。1歳の時に亡くなっているので、僕には祖父と過ごした時間の記憶がないのですが、似ていると言われ続けてきていることもあり、祖父は僕にとってずっと意識してきた存在でした。祖父がいろいろなことに対して興味を強く持ち、いくつもの事業を興してきたことは、僕のブックアートの制作活動に通ずるところがあるとも周りから言われます。

祖父が高知県の出身だったということは、僕もずっと知っていることなのですが、祖父の実家が紙の会社を経営していたことを最近になって知りました。「紙」は「本」と切っても切り離せない存在です。プロローグでも触れたように、僕が作るブックアートは「紙」があってこそとも言えます。その紙が、僕のルーツにもなっている祖父のさらにルーツとなっていることを知り、高知の紙に対して特別な意識を持ち始めました。

祖父の実家の紙の会社について、確かで詳細な情報は入手困難な状況になっていて、そのことについてはなかなか深く掘り下げることはできないのですが、土佐和紙の存在は薄っすら知っていましたし、ドイツのブックアート仲間たちも格別の尊敬を寄せる日本の和紙について、改めて知りたいと思いました。

和紙を使用した作品:太田泰友「馬の脚」2015(表紙部分)

和紙を使用した作品:太田泰友「馬の脚」2015(本文部分)

和紙を使用した作品:太田泰友「茶室 ― 趣味・空・数奇の場所」2015(外観)

和紙を使用した作品:太田泰友「茶室 ― 趣味・空・数奇の場所」2015(本文部分)

手漉き和紙作家 ロギール・アウテンボーガルト

ロギールさんは、1955年、オランダのハーグ市生まれ。1974年から78年までアムステルダム・グラフィックスクールでグラフィックデザインを学ばれました。その後製本見習いとして働いていて、フランスやスイスの学校でさらに製本を学ぼうと考えていたときに、日本の和紙に初めて出会いました。その出会いはロギールさんにとって衝撃的なもので、すぐに日本行きを決意されたそうです。

1980年に日本に来ると、ロギールさんは各地の手漉き和紙工房を見て回り、その中から沖縄の和紙職人に弟子入りをお願いしましたが、当時の手漉き和紙工房の経営の難しさなどの背景もあり断られました。ただ、その職人から「和紙を本気で追究するのであれば、原料から育ててこだわらないといけない」とアドバイスされ、それを受けたロギールさんは高知県で紙漉きに取り組み始めました。当時、和紙の原料栽培は高知が全国一だったことから、高知を選んだそうです。

高知県で紙漉きに取り組み始めたロギールさんですが、ここで弟子入りはしていません。高知の紙漉きの人々がとてもオープンな雰囲気であったことと、紙漉きの世界が後継に困っていた状況も重なって、皆がロギールさんが高知で紙漉きを始めると、ロギールさんに紙漉きにまつわるたくさんのことを教えてくれました。そうして一つずつ技術を身につけ、研究を重ねて来た結果、2005年には「土佐の匠」にも認定され、土佐和紙の技術を受け継ぎ、発信していく立場にまでなりました。

現在は手漉き和紙作家として、自らの作品を制作。主にインテリアとして障子紙や壁紙を建築の中に納めたりしています。また、2006年にオープンした紙漉き体験民宿「かみこや」の代表を務め、紙漉きのワークショップなども展開しています。

旅のはじまり

2018年4月中旬。とてもよく晴れた日に旅の始まりを迎えました。「かみこや」は高知県梼原町、四国カルストの中腹に位置しています。愛媛県との県境に近く、僕は羽田空港から松山空港に飛び、そこから車で「かみこや」を目指します。朝一番に出発し、松山に到着すると暑く感じるほどの日差しで、旅の期待感が高まりました。

松山から梼原までは車で約2時間。高知県との県境に近づくにしたがって、山道が始まり、険しくなっていきます。

春を迎えた山々には、新緑のエネルギーがみなぎり始めていました。車で走りながら、木々のパワーをひしひしと感じます。道はずっと川に沿って走り、常に山と川が同じ視野の中に並んでいます。途中、人間が作ろうとしても作れないであろう、見たことのない形の巨大な岩を目の当たりにしたり、葉が生い茂る空気を感じ、大自然の圧倒的な力を感じました。「かみこや」にはまだ到着していませんが、この環境の中、四国カルストと四万十川を背景にして生まれてくる紙の強さを想像し、「これは叶わないな」と道中ですでに頭が下がる思いでした。

四国カルスト

いよいよ「かみこや」に到着

約2時間のドライブを経て、十分に自然を堪能し、いよいよ梼原の「かみこや」に到着です。ロギールさんの息子さん、陽平さんが迎えてくれました。

「かみこや」

宿泊をさせていただく部屋を陽平さんに案内していただきました。「荷物を置いたら、皆でテラスでお茶にしましょう」と陽平さん。部屋や廊下などには、ロギールさんが漉いたであろう和紙が、壁紙になっていたりインテリアの一部となっていて、それらに目がいきながらも荷物を整理して取材の準備を進めます。

宿泊施設の中には、ロギール氏の漉いた和紙が随所に使われている。

準備が完了し、いざテラスへ。陽平さんはお茶を淹れていて、テラスに向かう途中、窓からは紙漉き場にロギールさんらしき人が見えました。

僕はテラスでロギールさんと陽平さんを待ちました。テラスからはここがどんな立地かよくわかるような木々と斜面が見え、鳥の鳴き声と水の流れる音が聞こえます。これから初めて会うロギールさんに、いったいどんなことを聞こうか、どんなものを見せてもらえるのだろうか。そして、そこから何が生まれてくるのだろう。ワクワクする気持ちと、少しの緊張感が入り混じりながら、「かみこや」の音に耳を傾けて始まりの瞬間をしばらく待ちました。

「かみこや」宿泊部屋のある玄関(左側に見えるのがテラス)。

♪「かみこや」テラスにて、始まりを待ちながら
第三回 「和紙を温ねて(2)」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)