本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第三回 「和紙を温ねて(2)」

テラスにいると、どこからともなくせせらぎが聞こえてきます。四万十川が源流のきれいな水と密接な関わりを持つロギールさんの紙漉きのことを想像させられました。

梼原の空気に心地よさを感じながら待っていると、ロギールさんが紙漉き場から出てきました。事前に何度か電話で話したことはありましたが、お会いするのは初めてです。挨拶をして、改めて自己紹介をしました。

ロギールさんが主に作っているのはインテリアとしての紙ですが、そもそも紙はあらゆることに使われていて、ロギールさんの紙への興味はインテリアにだけ向いているわけではなく、できるのであればそのあらゆる用途の紙に関わりたいとのこと。特にロギールさん自身が、日本に来る前はオランダで製本見習いをしていたこともあり、本作りへの興味は強いそうで、僕が制作しているブックアートに対しても関心を持ってくださりました。作り手としてのシンパシーを感じながら、いよいよロギールさんの紙漉きの現場を見せてもらいます。

「かみこや」から見える梼原の景色。

手漉き和紙の原料

ロギールさんが運営する「かみこや」では、手漉き和紙の原料となるこうぞ三椏みつまたを栽培しています。原料栽培の段階から、農薬や化学的な肥料などを使わない、伝統的な無添加の土佐和紙製法です。

かみこやの敷地のいたるところに和紙製作の原料となる植物が植えられていて、冬に収穫をします。刈り取られた後にまた新たに出てくる芽は、間引きなどの作業を経て、一年経つ頃には大きいものは3mほどまで伸びています。僕が訪れた4月中旬には、すでに新しい芽が元気よく育ち始めていました。原料となる何種類かの植物は、土の環境や日光の当たり具合などをもとに、かみこやの敷地内で植え分けられています。高知では年間 2000 〜 3000 mm の雨が降るそうで、雨が多く暑い気候は原料の栽培に最適です。かみこやでは、余分にできた原料の植物の苗の出荷もしているとのこと。

かみこやで育つ三椏みつまた

こうぞが植えられているエリア。

4月には楮の新しい芽が元気良く成長していました(中央右)。

最初の工程、蒸し剝ぎ

収穫した原料を、いよいよ紙にしていく最初の工程は「蒸し剝ぎ」です。こしきを使って原料を3時間ほど蒸し、樹皮を剝いで、乾燥させて保存します。皮を剝ぎ終えて残った木は、蒸すための燃料となる薪としても使われています。冬は、皮と木の間の水分がなくなっているので、ちょうど皮を剝ぎやすい季節だそうです。

剝いだ原料は、原料の情報のメモと共に保管されます。

皮の蒸し剝ぎを終えた木は薪として使われます。

皮を「へぐる」

蒸し剝ぎした皮の表面を包丁などで削ぎ落とす作業を「へぐる」といいます。基本的には皮の白い部分を残すようにへぐりますが、緑色の部分や黒い部分の残り具合が仕上がった和紙の表情にもなるため、この削り具合で仕上がりの質を調整するそうです。例えば、障子紙や美術作品の修復などには白い紙が好まれますが、インテリアとしては緑や黒の模様を残しておくことが比較的多いとのこと。

楮を包丁で「へぐる」。


へぐり終えた楮。この色の残り方が仕上がった紙の表情に影響します。

三椏は、その名前の由来の通り、3つの枝に分かれていて、先の方が細くなっているため、楮と同じように包丁でへぐるのが困難です。三椏をへぐるためには特別な道具が必要で、ロギールさんも鍛冶屋さんにお願いして作ってもらいました。

三椏をへぐる特別な道具。

へぐり終わった三椏。

煮る

原料の皮は、植物なのでいろいろな成分を持っています。和紙を作るにあたって、この原料からは繊維(セルロース)だけを使いたいので、余分な成分を落とすためにへぐった原料を消石灰で煮ます。アルカリ性の液で煮ると、繊維以外の成分を溶かしてくれるのですが、ここで登場するのが四国カルスト(雨水などによって侵食され石灰岩が地表に現れている地形)の中腹に位置するかみこやの地の利です。化学的なものを使わずに、地元の天然の石灰石から作った消石灰で2時間ほど煮込み、その後、水で洗います。

和紙づくりにおいて、この「煮る」工程が仕上がりの質に大きく影響します。煮すぎると原料の繊維が壊れてしまう可能性がありますが、逆に足りないと余分な成分が多く残ってしまいます。また、煮た後の洗う作業が足りないと、溶け出したはずの余分な成分や消石灰が残ってしまいます。丁度よくしっかり煮て、よく洗うのが基本だそうです。



煮込んだ原料をよく洗います。



現在、和紙づくりでは、煮る作業に工業用のソーダ灰が用いられることが多いそうです。反対に最も自然なのは木灰。ただ、木灰を用いた場合、沸騰してから4〜5時間煮込む必要があります。消石灰の場合は約1時間半煮込みます。
消石灰は紙の中に少し残りますが、それにもメリットがあります。アルカリ性の消石灰が紙の繊維の隙間に残ることで、紙の酸化を防ぐことができます。

さらす

余分な成分を落として、繊維だけが残った原料を漂白します。ここでも化学薬品などは使いません。木で作った大きな長方形の桶「さらし場」に水を張り、その中で原料を天日にさらします。紫外線によって漂白され、この度合いで仕上がりの白さを調整します。

さらし場。


水の温度が上がりぬるくなると、100%天然素材の原料は腐り始めてしまうので、この工程では常に新鮮な水が行き渡るように工夫して桶が作られています。
紙の原料が少しでも腐ると仕上がったときに光沢がなくなったりするそうです。

新鮮な水が行き渡る工夫がされています。

第四回 「和紙を温ねて(3)」に続く


この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)