本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第四回 「和紙を温ねて(3)」

叩解こうかい

さらしが終わったら、原料の中で細かなキズや混ざっているチリなどを手で取り除きます。
原料の繊維は、繊維同士でくっつきたがるような性質があります。かたまりになっている原料を木槌で叩き、一度繊維同士をはがし、ばらばらにするのが「叩解」です。紙を漉くときには、繊維が絡み合います。叩解ではあくまで繊維同士を「はがす」ことが重要で、繊維を切ることはしません。楮の繊維は原料として良い繊維なので、そのまま残します。反対にヨーロッパ生まれの紙は、例えばコットンの繊維がだいたい2.5cm、麻はおよそだいたい10cmなど、繊維が長いので切る作業が必要です。

叩解は、仕上がりの表情に大きく影響します。あまり叩かないと繊維がくっついたままたくさん残って、それが模様として見える紙になり、逆にこれを細かくしたい場合はたくさん叩くそうです。

高知は原料の栽培量が全国一で、その量の多さから生まれてきたのが伝統的な土佐和紙の叩き方です。また高知の気候の特徴から、原料の繊維が少し粗いそうで、そのため比較的しっかりと叩く必要があるとのこと。

叩解棒は、その堅さからロギールさんは樫の木を選んで使っています。台は30年もの。木をロギールさんご自身で見つけて、大工さんに作ってもらいました。
今日では叩解のための機械もありますが、手で叩いた風合いが好きなので、ロギールさんは手での叩解を続けています。

どれくらいこの工程を続ければ良いか、叩いたときの感覚や、見た目では判断がつかないそうで、作業時間である程度判断しながら、実際に少し水に溶かしてみて叩き具合を確かめます。

水に溶かして、叩き具合を確かめている様子。

叩き終わったら、原料を水に溶かします。一晩水につけると、繊維の隙間に水が入り込んでよく溶けるそうです。この水が冷たくないと和紙の原料はすぐに腐ってしまいます。夏に1日置いておいたら発酵して臭いが出てきます。そういうわけで、漉き場はいつもできるだけ冷えた状態を維持できるようにしています。ロギールさんによると、「そうは言っても水が冷たいのは辛い」とのこと。

ヨーロッパは舟(原料を水に溶かして、漉き作業をする桶)にヒーターシステムが入っているものがあります。原料がコットンなので、温かくても問題ないそうです。

繊維のまわりには植物の成分であるヘミセルロースが残っていて、それが水に溶けやすい性質を持っています。水に溶かしたときに緑になるのは、ヘミセルロースによるものです。ヘミセルロースが多いと、紙は強いが硬く、繊維の隙間にヘミセルロースが入るので透明感が少なくなります。表面も硬くて毛羽立ちにくくなるので、あえてヘミセルロースを残すこともあります。美術品の修復では、少しでも純度を高くしたいので、ヘミセルロースを流水の中でよく洗い落とします。洗い方の程度で紙の白さや質感がかなりかわってくるそうです。

原料をさらすかさらさないか、洗うか洗わないかなどで、無限に紙の質や表情が変化します。ロギールさんはそのレシピを一つ一つ丁寧に残しています。

トロロアオイを混ぜる

原料を水に溶かすだけでは、から早く抜けすぎるので粘り気を足します。用いるのはトロロアオイ(花オクラの根)を水で溶いて作った「ネリ」。昔は山の中の粘りを持った植物を皆が知っていて、原料に粘り気を足すためにそれぞれが様々な植物を用いていましたが、産業として和紙を生産をするようになってから、畑で育てやすいトロロアオイを主に使うようになりました。

原料にネリを混ぜると、簀を抜けるスピードが遅くなります。日本では、この粘り気を足す工程を西暦500年頃始めました。トロロアオイを使うようになって、薄くて強い、繊維が均等な紙を作れるようになりました。

トロロアオイは、温度が上がると粘り気が弱ります。生産性を上げるために、防腐剤が使われることが多いそうですが、ロギールさんは伝統的な良い紙を作りたいので、温度管理のみでトロロアオイを使っています。防腐剤を使わないと和紙を作れる時期がより限定されてしまい、生産性が下がります。このことを覚悟しなければ実現できないこだわりの手法です。こうして作られた防腐剤無添加の紙は、口に入れることもできます。

原料に粘り気を足すネリ。

漉く

水に溶かした原料。

原料を舟の中で混ぜて、ネリを混ぜていきます。
繊維一本一本のまわりに粘りがつくので、繊維同士がくっつかなくなり、塊がなくなって均一な液体ができます。ネリが多すぎると漉く時間が遅くなり、ネリが少なすぎるとぼさぼさの紙になります。

繊維が無理なく自由に並んでいる紙は、安心感がありホッとします。繊維の並びがきついと粗い印象になりますが、あえてそうすることもあり、そのバランスが重要です。

原料を舟の中でよく混ぜる。

ネリを入れる。

ネリを入れた原料をよく混ぜる。

ネリを入れて混ぜた原料を手で確かめる様子。

和紙の種類によって漉き方は様々で、地方ごとに原料や気候の影響もあり、様々な漉き方が追究されてきました。
漉いているときに下側になる、簀に接している面が紙の表になります。
上手な紙漉き屋さんは、漉くときの音も良いそうです。

♪ロギール氏による紙漉き
干す

漉き終わった紙は、一度プレスします。プレスしていない紙に文字を書くとにじみが激しくなるそうです。

漉いた紙を重ねて、板で挟み、プレス機に設置する様子。

プレス機を調節する様子。

プレスが終わると、次は紙を干して乾かす作業です。紙に残っている水分を利用して、板に貼り付けていきます。プレスで、水分が抜けすぎていたり均等でない場合は、霧吹きで調整します。
板に貼る際は、刷毛で撫でるようにして平らに貼り付けていくのですが、このときの刷毛の質や強さで紙に跡が残ります。これも紙の味わいになっていくのです。この日は馬のたてがみで作られた刷毛と藁で作られた刷毛を使っていました。

刷毛を使いながら、紙を板に貼る。

紙の縁は、椿の葉で押さえていきます。葉の丸い形と油分がちょうどいいそうです。昔から紙漉き屋さんの庭には椿が植えてあったそうで、かみこやでも椿を植えています。

紙の縁を、椿の葉で押さえている様子。

板の表と裏に紙を貼ると、日に当てて乾かします。紙が濡れている状態で日が当たると白くなります。30分もすると乾いてきて、手で触って温かくなっていると乾いた証です。

こうしてロギールさんの作る和紙が完成しました。

【お詫びと訂正】
訂正:第四回「和紙を温ねて(3)」
第四回「和紙を温ねて(3)」の記事(7月20日公開)で、「叩解」の文中、以下の箇所に誤った記載がありました。
誤「植物の繊維は原料として良い繊維なので」→正「楮の繊維は原料として良い繊維なので」
誤「和紙の原料は植物なのですぐに腐って」→正「和紙の原料はすぐに腐って」
誤「障子や美術作品の修復では」→正「美術品の修復では」
訂正してお詫びいたします。
2018年7月30日 春陽堂書店メディアサイト編集部

第五回 「和紙を温ねて(4)〜対談編〜」に続く


この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)