本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第五回 「和紙を温ねて(4)〜対談編〜」

かみこやに到着してから帰るまで、食事の時間とコーヒータイム以外の時間は、ほとんどロギールさんの紙漉き作業に付ききりで、その技術と極意を見せてもらい、追究されてきた知識と志を聞かせてもらっていました。夕食をいただいて、また漉き場に戻り、その日の作業を全て終えた後、ロギールさんとじっくりお話をする時間を持てました。

食堂を照らす灯。

和紙の未来について

太田
ロギールさんの紙漉きを初めて拝見して、紙漉きに対する思想も伺って、ロギールさんが追究しているのは伝統的な製法の和紙ですが、それは単純に過去に向かっているのではなく、新たな一歩を踏み出して前進しようとしているようにも見えました。
ロギールさんは、紙の未来についてどのように考えていますか?

ロギール
今、どこの産地においても、紙漉き屋さんはこれからの紙漉きをどうしようと悩んでいます。和紙の新しい使い道が出てきたらよいのですが、それがなかなか生まれてこない。極端な話、例えばヨーロッパのように紙には印刷することや書くことに集中していれば、そんなことは考えなくてもよいのですが、日本ではもともと和紙が生活の中にあったので、いろいろな期待もしてしまうし、ものすごい可能性がありそうで、でもそれが具体的に見つからず悩んでしまいます。

昔はものすごい量の和紙を作っていて、私が日本に来た頃は全国に約600軒の紙漉き屋がありましたが、今は約250軒。30年で半分以下の数になってしまいました。
ひとつ思うのは、今はみんな、基本的に和紙がどういうものなのかわからなくなってきているのではないかということです。和紙がどのように良いものなのかわからなくなってきてしまっている。面倒臭い作業を省いて、少しでも安く、少しでも効率よく「和紙」を作ろうとしている。「手漉き」と言っているけど、部分的にとりあえず手で作っているだけだったりする。

太田
本質的ではなく、表面上の性質を拾って「手漉き」と言っているということでしょうか?

ロギール
そうですね。だからみんな離れていっている。もちろん時代背景、例えばふすまを使わなくなったというように、生活が変わって、和室がなくなったりするのは仕方がない。だから、和紙には、量より質を求めた先に未来があると思います。和紙には新しい時代が訪れた。社会もそう、質を求めるようになってきているでしょう。100円ショップにももうある程度飽きてきているでしょう。これ以上、物の量は要らない。だから、まず若い人たちに和紙がどんなものか知ってもらう必要があります。それが和紙の未来につながっていくと思います。

太田
そういう考えがあるのは、ロギールさんが伝統的な和紙の製法を追究している姿勢からも感じられます。そして、それは僕がブックアートを追究していることとも非常に似ているように感じます。昔は情報を伝達する手段としてどうしても必要だった本が、現代では技術的には当たり前に作ることができ、さらに、情報を伝達する手段は他にもたくさんある状況になりました。そういう時代背景がある中で、本の持つ性質を一つ一つ見つめ直すような作業がブックアートにはあります。

まさにこの「本を温ねる旅」は、本の質を改めて見つめ直し、そしてそこから新しい時代に一歩踏み出していこうという旅なんだと、ロギールさんのお話を聞きながら自覚することができました。

早朝から和紙づくりに精を出すロギール氏。

家族になる

ロギール
高知に来て、和紙を見て、何か感じましたか?

太田
人間の力ではどう頑張っても到底叶わないような、圧倒される自然があって、そこで育まれた水や原料から生まれてくる紙は、どうにも超えようがないように感じました。山を見ていても思いましたし、岩なんかも、作ろうとしても作れない形をしている。人間はこんなにも自然の力に敵わないものなのかと、とにかく圧倒されました。

一方で、今は昔と違って原料を運ぶことは容易な状況があって、例えば高知で育った三椏みつまたを東京に持っていったりするのも簡単ですよね。和紙の原材料がもともと高知で生まれた四国カルストの消石灰とか、こうぞや三椏とか、水なども、この地にあったものだからこの地でこそうまく融合するとかいうことはあるのでしょうか?

ロギール
あると思いますね。無理なく馴染んでいる。

太田
科学的なことだけでは説明しきれない組み合わせとかがありそうですよね。

ロギール
家族ですよね。私たちも自然の中に家族として仲間に入れてもらっている。日本に来て、全国の和紙巡りをしている間に、家内とも出会いましたし。

当時、沖縄に紙漉きの世界の若き星のような方がいて、その方に弟子にしてほしいと頼んだのですが断られました。そのときに、本当に和紙をやりたければ原料を植えなさいと言われて。全国の和紙巡りをしている段階で、原料は高知が一番だと思っていたので、そのアドバイスを聞いて、高知で和紙づくりをすることを決めました。高知には、技術的にも日本でトップレベルの先輩たちがいて、みんなオープンな雰囲気だったのも良かったです。

原料を植えるということは、その土地の家族になるということ。何しろ植えてからまず一年待たないといけない。だから、植えると本当にその土地との付き合いが始まる。

何を和紙と呼んだらいいのかわからなくなってきてしまっている現在、煮方とか、どういうふうに干しているかなどということは、いろいろありすぎて決められませんが、例えば原料は地元のものでないといけないというようなことは、一つの考え方としてありえると思います。少なくとも日本の原料。できれば地元の原料。そうすると和紙がその土地のものになって、若い世代に伝えていくことにも、より意義がありそうです。

かみこやの中には、ロギール氏の作品が展示されているショールームもある。

和紙とブックアート

ロギール
私は、メッセージが生まれてくるような紙を作れなかったら、私が作っている意味がないと思っています。特に、手に持ったときに、知らないうちにストーリーが伝わってくるようなものがいい。原料の種を蒔いて、栽培して、ずっと丁寧に手間をかけてきているのに、それが紙として手に持ったときに消えてしまっていたら台無しです。ただ原料を拾ってきているのとは違って、小さい土地でも少しでも良いものをと大切に世話をしてきて、その気持ちが入っているはずです。それを潰さないような仕事をしたいと思っています。あとは、私にも少しだけ表現をさせて。(笑)

太田
本は手に持つというのが、紙と人間との接点として重要ですよね。僕のブックアートの考え方として、テキストやグラフィック、タイポグラフィー、製本など、本が持つ要素の一つ一つに作品のコンセプトに応じた役割を持たせて交わらせるということがあるのですが、その一つの要素である紙の奥にさらにストーリーが、僕の想像を超えて存在していたことを実感しました。

僕が尊敬する先輩ブックアーティストは、その作品のために紙を漉いてもらって完成させることを実現していて、僕もそれを実現してみたいと考えていました。いつかロギールさんとコラボレーションできる日を楽しみにしています。

ロギール
和紙の世界に入る前に、本に携わっていたこともあって、和紙とブックアートのつながりはとても興味があります。ぜひ実現しましょう。 [対談:了]

後日、東京の著者のアトリエにて、ロギール氏と。

僕はロギールさんにお会いする前にも、何度か紙漉きをしたことはあったのですが、今回ロギールさんを訪れて、和紙についてこんなにもまだ知らないことがあったのかと驚きました。特に和紙と自然とのつながりは、僕がこれまでブックアートを考えてきた視点にはなかったものが多く、一つ一つ丁寧に観察させていただいた作業にも、ブックアートに通ずる点がたくさんありました。

和紙にこれほどまで可能性があるのだから、ブックアートの可能性もさらに大きく広がるのだと感じ、「本を温ねる」というのはこういうことかと、自分で名付けた連載タイトルを改めて嚙みしめることとなりました。

第六回 「和紙を温ねて(5)〜拡がる概念編〜」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)