本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第六回 「和紙を温ねて(5)〜拡がる概念編〜」

コットンペーパー

ロギールさんは和紙だけでなく、ヨーロッパ生まれのコットンペーパー作りにも取り組んでいます。ロギールさんが作るコットンペーパーは、こだわりのオーガニックコットンを縫製工場から仕入れて原料としています。

コットンペーパー作りに使えるようにするため、原料を細かくするのに用いるのが、17世紀にオランダで作られたビーターという機械。ロギールさんのビーターは、高知の鉄工の名人に作ってもらったそうです。

オランダ・ビーター。

原料を切るのか、潰すのか、マッサージするのか、ビーターのローラーの当たり具合を音で聞き分けながら調整します。
和紙の場合は、原料を煮るときに紙の仕上がりの大部分が決まってきますが、コットンペーパーの場合はビーターでの作業で紙の硬さや透明感、強さなどが決まってきます。和紙とは別世界です。

ビーター内の材料の温度を確認するロギール氏。

ビーターを動かすにはエネルギーが必要です。まだ、今のようにエネルギーがなかった時代には、水車などを使ってビーターを動かしていたそうです。また、なるべく少ないエネルギーで済むように、材料を少しだけ腐らせて弱らせていました。

ロギールさんは洋風のコットンペーパーを作るようになって、和紙のことがもっとよくわかるようになったそうです。

コットンペーパーを漉く様子。

和蘭紙

ロギールさんは、和紙原料とコットンペーパーの原料を混ぜて、「和蘭紙」という新しい紙を開発しました。

コットンペーパーに何か書くと滲むので、にかわを塗って滲み止めをします。一方、和紙の場合、新しい紙に墨で書くと滲み、数ヶ月経って古くなってきた紙は滲まなくなります。和蘭紙は、そのコットンペーパーと和紙の間の性質を持ちます。

和蘭紙の一番の特徴は、その見た目です。真っ白な紙に模様が出てきます。コットンペーパーでも和紙でもない、全く違った表情を持っているのが和蘭紙です。
オランダで生まれ育ち、日本で和紙を学び、追究しているロギールさんならではのアプローチで生まれてきたのが、まさにこの和蘭紙でしょう。

コットンの中に、和紙の原料の植物の繊維が入っている。

和紙のアートワーク

ロギールさんは、和紙の注文制作の合間にアート作品も制作しています。
また、建築とのコラボレーションもしていて、ゆすはらには建築家の隈研吾氏とコラボレーションして、ロギールさんの和紙が用いられている建築がいくつもあります。

雲の上のホテル別館 マルシェ・ユスハラ内の壁にロギール氏の厚手の紙。

オランダにルーツがあって、日本で和紙という素材を使うことがどのように作用しているのか、ロギールさんに聞いてみました。

「もし私が紙漉き屋の10代目だったら、どんなことを考えて、どんな紙を漉いているだろうかと考えることがあります。私の二人の子供は、私がおんぶをしながら紙を漉いていたので、紙漉きの音と原料の匂いを生まれたときから知っています。それはすごいことですよね。日常の中で遊んだり、少し手伝っていたぐらいなのに、紙の感覚を自然に持っている。

私の場合は、そういうのがなくやってきたので、何も当たり前だと思わずにやってきました。何も言われていないし、自然に入ってきたことは何もありません。だから、素直に原料から作ってきました。

和紙を使った明かりを制作したときに、それが重かったんです。フラジャイル(fragile:はかない)なものではなかった。和紙という素材は上品なのだけど、できあがった立体が日本的ではなかった。その組み合わせが面白いのかなと思っています。和のテイストのランプはきれいだけど、私は日本で育っていないから作れるようにはなれないのでしょう。

和紙が和紙っぽくなっていないのが私の作品の特徴です。繊細だけど、しっかりしている。漆喰のような感じです。でも和紙の繊細さは残しています。コットンを使い始めてから、立体感がさらに表現できるようになったと思います。日本でビーターを使って、生まれて初めてヨーロッパの紙を漉いたときに、『これがオランダ人だ。ヨーロッパの人たちはこういう感じなのだ』と感じました。」

梼原町総合庁舎内の壁に、ロギール氏による楮と桑の紙。

まだ取材に伺う前のこと、僕がロギールさんの作品をウェブサイトで見たときに、どこに和紙が使われているのかわかりませんでした。「和紙がインテリアとして使われている」と聞くと、透けた素材として和紙が使われているようなイメージがありました。しかし、ロギールさんの作品のショールームを訪れて、「ああ、そういうことか!」とすぐにわかりました。

ロギールさんの制作を目の当たりにして、たくさんのお話を伺って、かみこやを後にしてから梼原の建築をまわりました。サイズの大きな、ロギールさんの建築とのコラボレーション作品を体感し、今回の和紙を温ねる旅は締めくくられました。

和紙を温ねてみて、本の重要な材料の中でも特に大きな面積で使われる「紙」が、どのような過程を経てできているのかはもちろん、紙のさらに元の原料とどのような関係があるのか、この土地で身体な感覚をもって実感しました。
この感覚は、これからブックアートを追究していくうえで、欠かすことのできないものになるでしょう。


今回の温ね先
ロギール・アウテンボーガルト
オランダ出身の手漉き和紙作家。
1980年の来日より原料栽培からの伝統手漉き和紙に取り組む。2007年に高知県より手漉き和紙における土佐の匠に認定される。2003年よりコットンペーパーの制作も始める。
原紙だけでなく手漉き紙のアート作品や和紙照明などを制作している。梼原町にて紙漉き体験民宿「かみこや」を経営しており、旅行者からプロのアーティストまでさまざまな人が国内外よりワークショップに訪れている。出前ワークショップは関東やオランダでも定期的に行われている。


第七回 「文字を温ねて(1)」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)