本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第二十回 「印刷を温ねて(5)〜コロタイプの未来編〜」

世界最古の技法が生き延びてきた道

写真印刷の技術として広まっていったコロタイプは、卒業アルバムやポートレート、絵葉書などを中心に広く用いられるようになりましたが、新しい技術の登場によって、その立ち位置を取って代わられるようになりました。便利堂の印刷技師、コロタイプマイスターの山本修さん(1960年生まれ)が小学校卒業時にもらったアルバムはコロタイプで印刷されたものでしたが、中学校の卒業アルバムはオフセット印刷になっていたとのこと。

原寸大撮影用大型カメラの設備。

この連載で温ねてきたいろいろな技術でも、例えば和紙では、手漉きに代わって機械漉きが登場してきたり、シルクスクリーン印刷に代わるデジタル印刷が台頭してきたりと、それまでの技術をより効率化する新しい技術が現れることが、多かれ少なかれどの分野にもありました。日進月歩で追究されていくのが技術だとすれば、これは当たり前のことなのだと思います。

もちろん、それが100%すべてにおいて、新しいものの方が優れていれば、古いものが淘汰されていくのは仕方のないことなのですが、全く同じ技術ではないので何かが違い、ある目的においては古くから使われている技術の方が適していることがあります。その特徴を見出せるかどうかが、伝統的な技術が生き延びるための鍵になるように感じます。

新しい印刷技術が現れても、コロタイプが今日まで存続できたのは、まさにそれが鍵になっていました。コロタイプよりも早く、大量に印刷できる技術のクオリティーが上がってくると、効率良く印刷物の目的を達成できる場合には、コロタイプではなく、新しい技術が選ばれます。そのための新しい技術なので当然です。

コロタイプの場合には、オフセット印刷によって取って代わられる役割が多く、デジタルな技術に劣る部分がどうしてもありました。そこで、便利堂がコロタイプの特徴を生かすべく追究してきたのが「複製」です。コロタイプならではの連続階調の滑らかな表現、精緻な細部までの描写が可能になること、手漉き和紙に耐久性の高いインキが用いられることを生かして、法隆寺金堂壁画や正倉院文書をはじめとした、貴重な文化財を後世に伝えていくための複製プロジェクトを便利堂では数多く手がけてきました。

耐久性の高い、コロタイプ用のインキ。

作業に時間がかかったとしても、限られた数のものをじっくり忠実に再現して保存していくという目的において、コロタイプがコロタイプらしく活躍する場を手に入れていったことは、他の分野においても重要なヒントになるのではないかと僕は感じます。「古くてなんだか良いよね」というノスタルジックな価値の見出し方には限界があります。

製版技師、中澤友宏さんが見せてくださった色見本帳。紙の色によっても表現される色が変わってくるので、これまでに手がけた色表現をストックしている。

コロタイプとブックアートの接点から見えるもの

ここまで触れてきたコロタイプの特徴と、コロタイプが生き残るために磨き上げてきた武器は、僕が考えるブックアートに通ずる部分があります。流通のことや、効率、コストによる制限を取り払ったところで、とにかく作品としてのクオリティーを追究していくことは、一般的な書籍と比べた時のブックアートの特徴と同じです。

また、コロタイプにこだわる姿勢を目の当たりにして、僕はある種の精神性のようなものを改めて実感しました。
例えば、シルクスクリーン印刷に対して、シルクスクリーン印刷と同等のクオリティーを維持しながら、低コストで印刷することができるという立ち位置のデジタル技術が紹介されています。デジタル技術による印刷の質が向上してくると、それぞれを単体で見たときに、シルクスクリーンで印刷されたものなのか、デジタル技術による印刷なのか判断がつかないことがあると、この旅の中でも話を聞きました。

おそらく、コロタイプにおいても、例えばオフセット印刷の技術が向上するにつれて、だんだんと仕上がりをぱっと見ただけでは、違いを説明するのが難しくなるような場面が出てきただろうと思います。そういったときにコロタイプを選ぶのは、印刷するまでの工程でデジタル化せずに形にするということへのこだわりなのではないかと思うのです。

感光性のあるゼラチンをガラス板に塗り、版を作る様子。

この感覚がブックアートの世界でも非常によく理解できます。同じ内容のものを印刷するのに、用いた印刷技術でそのブックアート作品の価値が変わってきます。きれいに活版印刷で刷られたものと、高品質なインクジェットプリントされたもの、実際に目に見える違いよりも、それが再現可能なのかどうかというところに着目した精神性のようなものが、大きな差を生んでいるように感じざるを得ません。

こういった価値の見出し方を認めるだけでなく、さらに追究していけるような作品を僕は制作していかなければならないと、コロタイプの取材を通して感じたのでした。

便利堂 コロタイプ印刷工房に並ぶ、平台の印刷機。

♪コロタイプ印刷工房にて、版をセットして、印刷する
コロタイプの未来

コロタイプという技術が生まれてきた当時とは、また違った価値を見出して前に進んでいる今日。デジタルな技術との違いを生かしてきたコロタイプですが、近年、便利堂では最新デジタル技術を取り入れることで、さらにコロタイプの可能性を引き出そうと挑戦を続けています。コロタイプ印刷を想定して撮影されていない画像イメージからも、デジタル画像処理を経ることでコロタイプに適したネガに製版し、コロタイプの特徴を生かした表現を実現。また、アーティストの作品をコロタイプで表現することにも、積極的に挑戦しています。

発明された当時とは違った目的になっても、コロタイプが持つ特徴を生かした印刷を、時代に合わせて追究していくことで、新たなコロタイプの魅力を発見し続けていくことができるのでしょう。

便利堂コロタイプアカデミーにて、コロタイプ印刷を体験。


今回の温ね先

便利堂

明治20(1887)年に貸し本店として創業。明治38(1905)年のコロタイプ工房の併設以来、その技術を駆使して、2000点以上の文化財複製や美術品を手がけてきた。昭和30年代には、それまで単色が常識であったコロタイプの多色刷りに成功。これにより、原本に忠実な文化財の複製が可能になり、文化財の保存・公開・研究に大きく貢献してきた。昭和10(1935)年に行われた法隆寺金堂壁画の原寸大撮影事業と、昭和13(1938)年の、同壁画の原寸大コロタイププリントの制作は現在でも重要な仕事として語り継がれている他、最近では、平成27(2015)年、琳派400年を記念した「風神雷神図 尾形光琳筆・夏秋草図 酒井抱一筆」原寸大復元複製両面屏風(原本 重要文化財 東京国立博物館蔵)の制作など、多岐にわたる文化財の保存・保護にかかわる仕事を展開。


第二十一回 「綴じを温ねて(1)〜本の修復との出会い編〜」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)