本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第十八回 「箔押しを温ねて(4)〜箔押しの未来編〜」

中村美奈子さんが制作した文鎮。鉄塊に山羊革、金箔とパラジウム箔での箔押し(2016年制作)。

箔押しのこれから

箔押し師の中村美奈子さんが手がけたお仕事の中に、30冊限定の私家版ルリユール作品に箔押しをしたものがありました。ルリユールは、一点ものの作品であることが多く、このシリーズは、一点もののルリユールと、機械製本の間のような感覚だったそうです。一点ものではない作品が複数の人々の手に渡ることに対して、中村さんは本の実用性も伴っているように感じ、ルリユールが持つ可能性を感じられたということでした。

連続したモチーフが滑車になった roulette(ルレット)を用いた作業①。今回も中村さんの箔押し作業を写真でご紹介します。

この点は、ブックアートにも共通するところがあるように、僕は感じました。一般的に流通する書籍とは比べものにならない量ですが、少数ながらもエディションがあり、その制作工程は、機械にはできないものが含まれていることが多々あります。

もともと手作業で行われていた技術を、機械でできるようにすることで、生産力を増して制作することができるようになりましたが、その機械にも実現できないことを乗り越えられる手作業は、また価値を持ち続けることができます。この繰り返しで、本づくり、いてはものづくりが追究されていくのかもしれません。

連続したモチーフが滑車になった rouletteを用いた作業②。

箔押しの今後をどう見ていらっしゃるのか、中村さんに聞いてみました。
「昔からのものを引き継いでいくには、リアルタイムのものを取り入れていかないと、線になってつながっていくことはありません。でも、箔押しの世界で言うと、ベル・エポック(※19世紀末から20世紀初頭にかけて、パリを中心に文化・芸術が栄えた「良き時代」)で止まってしまっています。芸術の本が、中身のテキストからデザインを生み出そうとし始めたのは、ベル・エポックの時期で、やはりその当時の本は存在感がありましたし、職人たちもすごく腕をふるっていました。それまでの、中身に関係なく、その時代ごとの模様を表紙につけようというところから脱した時期でした。

しかし、それが栄えていたのは、その時点で新しいことであったからです。今、同じようにできるかといえば、そうはいきません。技術としては中世から変わっていないので可能ですが、発展するかどうかは、デザイン性にかかってくるでしょう」

♪ルレットの滑車面に水滴を垂らして、温度を確かめる
本づくりの拠点

箔押しや、本づくりのこれからのお話を伺っている中で、本づくりの拠点の話題になりました。
「例えばパリだと、町の中に箔押しや製本のアトリエがあるので、『あそこに行けば、本づくりを頼める』というのがわかりますよね。アトリエの中や、作業中の様子がわかるような路面店があると、気軽に入っていけるのではないでしょうか。『そこに行けばある』というのが重要」
と、中村さん。

作業に用いた fleuron(フロロン)。

このようなアトリエのことは、僕もこれまでにいろいろと考えてきましたが、〈路面店〉という言葉を聞いて、より本づくりが日常に溶け込んだ様子を想像できました。
例えば、靴の修理屋さんは、一つ一つが小さくても、日常生活の中でよく見かけ、親しみがある感じがします。

本づくりの路面店というのは、とても興味があります。月曜日は箔押し師がいて、火曜日は製本家がいて、というように日替わりで様々な本のプロフェッショナルがいるのも面白いかもしれないと、中村さんとの話は盛り上がりました。

仕上がった背の箔押し。

僕が日本の大学の学部生だった頃、ウィリアム・モリスの本に関わる活動を知り、モリスが理想的な書物制作のために設立したプライベート・プレス(私設印刷工房)ケルムスコット・プレスにとても刺激を受けました。その時に考えたのが、工房というのは制作拠点としての実質的な機能も大切ですが、制作活動のシンボルとしての役割も大きいということです。それ以来、僕は理想のアトリエ像を追い求めるようになり、2017年にドイツから帰国して、東京にアトリエを設立することになりました。

箔押しや本づくりの文化がその土地に根付いているかどうかを確かめるのは、意外に簡単で、町にアトリエが溶け込んでいるかどうかを見ればよいのかもしれません。

この旅で温ねた箔押し

今回、本を温ねる旅として中村さんを訪れて、箔押しについて新しく知ることがあり、改めて考えることもありました。その中でも最も印象的だったのが、箔押しは本があってこそ存在するということです。中村さんから伺う箔押し作業のお話は、いつも中村さんの作業をもって本が完成となる状況。
本は様々な技術や要素から成り立っていますが、その中でも箔押しは本との関係が非常に密接な、特殊な立ち位置なんだと初めて認識しました。

技術の進歩による機械化で、伝統的な手作業の価値が改めて問われるタイミングにきているのは、箔押しも同じです。しかし、両者に明確な違いがあり、このタイミングが改めて伝統的な技術の魅力の見せ場なのだということも、はっきりとわかりました。

箔押しの技術が現代的に継承されていき、本づくりにまた新たな可能性が拡がることを期待しながら、そして近い将来、本づくりの路面店が町に馴染んでいる様子を想像しながら、この旅は続いていきます。

箔押し師の中村美奈子氏(右)と筆者(左)


今回の温ね先

中村 美奈子(なかむら・みなこ)

パリ工芸製本専門学校(Union Centrale des Arts Décoratifs)で製本・箔押しを学ぶ。
その後、ヴェジネ市立製本学校(l’Atelier d’Arts Appliqués du Vésinet)にて箔押しを専修し帰国。
2006年より箔押し・天金を受注制作している。
「「製本」から本を読む―箔押し装飾について」(勉誠出版『書物学第8巻』掲載)


第十九回 「印刷を温ねて(4)〜コロタイプ編〜」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)