本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第十七回 「箔押しを温ねて(3)〜箔押しの今日編〜」

フランスでの創作活動を経て、日本に帰国した中村美奈子さんは、フランス滞在中に知り合った日本人とのつながりをきっかけに、日本で箔押しの依頼を受けることになりました。そこから少しずつ依頼が増え始め、今では日本の多くの製本家や、製本を学ぶ教室の生徒が、製本した本への箔押しを中村さんに依頼しています。

製本の世界も決して大きなものではありませんが、そこからさらに入り込んでいく箔押しの世界のことは、本づくりの界隈でもあまり耳にする機会がないように感じます。ドリュールというフランスの箔押しの本場を経験し、日本で活動を続ける中村さんに、日本における箔押しの現状を伺いました。

箔の接着液「fixor(フィクソー)」。今回も中村美奈子さんの箔押し作業を写真でご紹介します。

今日の箔押しが抱える問題

中村さんに今日の箔押しが抱える問題を伺ったところ、真っ先に出てきたのが活字に関することでした。以前から中村さんが頼りにしていた活字屋さんは廃業してしまい、現在は、欧文の飾り文字は外国で入手できるところを探すしかないとのこと。和文に関しては、今のところ問題ありませんが、和文の活字は日本でしか手に入れられないので、今後、国内の活字屋さんから入手困難な状況になってしまうと、他で手に入れようがなくなってしまいます。「活字がないと仕事ができない」と、中村さんは目下の問題点として、箔押しの環境面を危惧しています。

組んだ活字を熱します。

僕は、この状況が少し特殊に感じます。例えば、箔押しと同じく活字を必要とする活版印刷の場合、その後に登場した活字を必要としない印刷技術(写植やDTP)によって取って代わられる状態が生まれましたが、箔押しの場合は違います。箔押しには、直接的に取って代わろうとされる何かがあるわけではありませんが、活字を入手しづらい状況になっています。箔押しの機械が登場し、手作業による工芸技術としての箔押しに取って代わる場面こそありますが、その場合、金属凸版で箔押しをすることがあっても、少部数に文字を入れる箔押しには活字が必要です。

スエードでできた、箔を置くクッション。

活字がなくなると難しくなってしまう箔押しは、「本」の存在も必ず必要としています。周りの何かがあってこそ成立するところに、箔押しの独特な存在感があるということを、初めて感じさせられました。

箔押しの位置を決めたガイドに合わせて、組んだ活字を空押しします。

モチーフの彫られた fleuron(フロロン)の空押しの様子。

新しい技術との共存

手漉き和紙と機械漉き和紙、カリグラフィーとデジタルなカリグラフィー、シルクスクリーン印刷とデジタル印刷のように、もともと存在していた技術や表現に対して、技術の進歩によってそれを超えようとする存在がいつも生まれてきます。特に20世紀から今日にかけて、その傾向は顕著で、本にまつわるいろいろな技術にも例外なく見られます。

箔の付き方が足りなかった部分に、fixor を再度塗ります。

その状況を見て僕がいつも思うのは、いろいろな技術が出揃ってきた、ここからが勝負だなということです。たった一つしか、あるものを表現する方法がなかったときには、あまり考えもせず選んでいた技術が、当たり前ではなくなったときに、改めてそれぞれにどんな特徴があるのかを考えさせられます。それを考えるようになって初めて、その技術の持つ可能性を追究できるようになるのではないでしょうか。

飾りケイ用の fers(フェール)の空押し。

技術の進歩で、箔押しに追いつけ追い越せとやってきたのは、機械による箔押しです。いろいろなタイプの箔押し機が存在しますが、共通しているのは、活字や金属凸版をセットして、できるだけ一定の押し具合を維持しながら、速く、大量の箔押しを施すことです。そして、金箔よりも安価に入手することができるフィルム箔も台頭しています。

こういった、箔押しに関する新しい技術との競合・共存について、中村さんはどのように見ておられるのでしょうか。

「箔押しというカテゴリーは同じですが、全く別のものだと考えています。機械に仕事を奪われたとしたら、自分の力はそこまでだと思いながら取り組んでいます」と、中村さん。

金箔は、ほんの少しの風でもひらひらと飛んでしまいます。ナイフを使って、金箔を慎重に扱う。

機械は一度セットしてしまえば、そこからは早いのですが、完璧にセットするまでの時間を考えると、少部数の箔押しは手作業の方が早いこともあります。少し生々しくなってしまいますが、少部数の箔押しでは、驚いたことに機械の箔押しよりも低い金額で中村さんに依頼できるような状況さえあることがわかりました。

箔を押す様子。

これに関連して、中村さんの箔押し作業を見せていただく中で非常に興味深かったのが、「修正力」です。機械による箔押しであれば、修正のきかないミスになってしまいそうなことが、中村さんの手作業では、途中で軌道修正されていくのを目の当たりにして、そのフレキシブルさを実感しました。

金箔が余計についてしまった部分を、きれいにする様子。

僕のアトリエで好んで使っているものの中に、一般的な箔押し機よりもかなり手作業に寄った手動の箔押し機があります。この手動箔押し機のフレキシブルさに良さを感じて使っているんだなと、中村さんの手作業を見て、改めて感じさせられました。

空押ししたところに箔を乗せ、その上から押します。

箔押しの装飾には、本が作られた時代に使われていた装飾をほどこすという考え方があり、本の内容に合わせて決定していきます。こういった伝統的な手法がある中で、今の時代にどのような関係性を作って取り込んでいくかということに、僕のブックアート的な視点では興味が湧きます。時代ごとに使われていた箔押しのための貴重な道具が今も残っている状況で、それらを時代ではなく、また新しい形で今日の作品と結びつけることは、今日にしかできない表現だと感じます。中村さんのような手作業の箔押しと、それとは全く別物の機械による箔押し、それぞれの特徴をしっかり理解した上で、箔を押すという行為を追究していくことが今日的な重要なテーマだと思います。


今回の温ね先

中村 美奈子(なかむら・みなこ)

パリ工芸製本専門学校(Union Centrale des Arts Décoratifs)で製本・箔押しを学ぶ。
その後、ヴェジネ市立製本学校(l’Atelier d’Arts Appliqués du Vésinet)にて箔押しを専修し帰国。
2006年より箔押し・天金を受注制作している。
「「製本」から本を読む―箔押し装飾について」(勉誠出版『書物学第8巻』掲載)


第十八回 「箔押しを温ねて(4)〜箔押しの未来編〜」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)