本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第十六回 「箔押しを温ねて(2)〜パリでの経験編〜」

憧れのパリ

中村さんは、フランスへの留学を決意した当初、パリが好きで、住むことによって憧れのパリを嫌いになってしまわないようにと、まずリヨンの語学学校に行くことにしたそうです。このお話を伺った時に、僕は自分のドイツでのブックアートの出合いに通じるものを感じ、親近感を持ちました。僕は、20歳の時にパリを旅して、そこでパリへの憧れを強めて、ヨーロッパで本づくりに挑みたいと決意。パリをきっかけに、結果的にドイツに入っていくこととなった経緯があったためです。

今回は、中村さんに見せていただいた箔押しの作業をご紹介。
まずはじめに、活字を組んで、インクで試し押し。組みを確認・修正します。

なぜ、中村さんが「パリ経由」でリヨンを選んだかというと、イギリス留学中に出合った「ルリユール(※)」を学べる学校が、パリを始め、ストラスブールなどの都市にいくつかあって、その中でパリ以外で適当な場所として選んだのがリヨンでした。
中村さんは、リヨンで語学学校に通い始めると、「文法はよくできるけど、話すのは苦手」という日本人にありがちなパターンで苦しみながらも、懸命にフランス語の勉強に励みました。
※フランス語で「製本」の意。依頼を受けて、仮綴じ本や未綴じ本を製本・装丁したり、劣化した本の綴じ直しをする職業として、16世紀末頃からフランスに根付いている。

箔ではなくインクを使った「SAGESSE」というタイトルの試し押し。文字と文字の間隔を調整します。

そんな中、リヨンに来た目的の製本学校の住所のかかれたメモを頼りに訪れてみると、そこには学校らしきものはありません。近所の人に聞いても見つけることはできませんでした。目的の学校がないとわかり、頭が真っ白になったという中村さんですが、パリの製本学校を目指すことを決意し、試験を受けてみることにしました。すると見事合格。ここに通うとなると、あえて避けていた「パリに住む」ことをいよいよ受け入れる必要があり、製本を学ぶためにパリでの生活が始まりました。

中村さんが所有する真ちゅう製活字。活字は生産が終了してしまうと入手困難になる貴重な道具です。

僕も、ドイツ・ライプツィヒの美術大学で本に関することを学びたくて、現地の語学学校に飛び込み、毎日ドイツ語漬けの時間を過ごしていた中、やっと出会えた大学の教授に、「君はハレという町の大学の方が向いていると思う」と言われ、その結果、ハレでその後の活動に大きな影響を与えるブックアートと出合ったという経験があります。
当連載で取材をさせていただいた、カリグラファーの白谷泉さんも、イギリスで入学予定だった大学のカリグラフィー学部が急に開講しないことになり、新たな道を探したエピソードをお持ちでした。

予期せぬタイミングで出合うものが、以後、とても大きな影響を与えたりするものだなと、中村さんのお話を伺いながら改めて感じました。

箔押しの直線用の型、fers(フェール)とモチーフの彫られた fleuron(フロロン)。

製本学校と箔押し

パリの製本学校での生活は、朝から晩までのカリキュラムがびっしり。その中の一つに、「ドリュール」と呼ばれる箔押しの講座があり、ここで初めて中村さんは箔押しに出合いました。製本学校で箔押しを学ぶものの、箔押しと製本が別の職種として存在していることも、この時知ったそうです。

花型のフロロンを試しているところ。

ドリュールには、向き不向きがあり、向いていない人はヒラヒラとした箔を運ぶだけでイライラしてしまうし、温度の調整なども忍耐強さが必要です。中村さんはカリキュラムの中で、ドリュールの作業が自分に向いていると感じました。むしろ、「製本は、糊をつけて紙が伸びたりするのを待ったり、作業工程が長いな(笑)」という感じだったそうです。
学校のカリキュラムは、CAP(セーアーペー)というフランスの国家資格(職業適性能力資格)の試験を受けることも目的の一つとしていて、中村さんもまず本番前の模擬試験を受験したところ、箔押しの試験で高得点。ここでも箔押しに向いているのではないかという感触を得ることとなりました。

本の背中の寸法を写し取ったガイドに合わせて、箔を押す場所を決めていきます。

CAPの試験にも合格した中村さんは、もう少しフランスに残って箔押しを中心とした技術習得を続けようと決意しましたが、そのタイミングで突如、製本学校の閉校が決まります。学生たちで抗議をしたものの、結果は覆らず。
中村さんは、パリ郊外のルリユール工房で箔押しを中心とした学習を続けることにしました。同時期に、中村さんが住んでいたアパートの1階で、製本学校で教わったことのある先生が工房を持っていることを知り、その工房でも一角を借りて自主制作をすることになります。

roulette(ルレット)と呼ばれる道具。型の部分が回転します。

中村さんが製本学校で箔押しと出合ったように、箔押しは、単独で学校があるのではなく、製本学校のカリキュラムの一つとして存在していますが、仕事としては製本と箔押しは分かれていて、箔押しだけを行う工房もあるそうです。
中村さんが製本学校閉校後に通っていたうちの一つである先生のアトリエでは、時々、工房に通う人が製本した本に箔押しを施したり、フランス国立図書館が各工房に割り当てるクロス装製本や本の修理を行う作業を見学することができました。共にルリユール工房でしたが、中村さんはその中で箔押しをメインに制作。時々、工房に通う人が製本した本に箔押しを施したり、フランス国立図書館が各工房に割り当てる本の修理を手伝ったりもしながら、創作活動を続けました。

この国立図書館とルリユール工房の関係のように、ルリユールが文化として根付いていることは、ルリユールとセットになって存在する箔押し(ドリュール)も根付いていると言えるのだと思います。
本があってこそ存在する箔押しというのは、例えば紙であったり、文字であったり、印刷であったりという本の要素になるものの中で、特異なものだと感じます。それが、箔押しを学ぶ時から製本と一緒になっているということは、考えてみると当たり前なのかもしれませんが、中村さんのお話を伺って初めて認識させられました。


今回の温ね先

中村 美奈子(なかむら・みなこ)

パリ工芸製本専門学校(Union Centrale des Arts Décoratifs)で製本・箔押しを学ぶ。
その後、ヴェジネ市立製本学校(l’Atelier d’Arts Appliqués du Vésinet)にて箔押しを専修し帰国。
2006年より箔押し・天金を受注制作している。
「「製本」から本を読む―箔押し装飾について」(勉誠出版『書物学第8巻』掲載)


第十七回 「箔押しを温ねて(3)」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)