本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第十五回 「箔押しを温ねて(1)〜箔押しとの出会い編〜」

「箔押し」という言葉を、なんとなくではあるのですが、以前よりもよく聞くようになったのではないかと感じます。

伝統的な工芸製本を思い浮かべると、その表紙には豪華な装飾として箔押しが必ずあるイメージがあって、僕が製本に興味を持ち始めた頃は、箔押しは僕の憧れのような存在でした。一方で、最近一般的に広がっているように感じるのは、もう少しカジュアルな印象があります。本に限らず、というよりも、本以外の印刷物でおしゃれにデザインされた箔押しを見る機会が多く、「箔押しを頼む」という行為は、以前よりもかなり身近なものになってきているのではないでしょうか。

2019年3月に発表された TARP (TICKET HOLDER)。メッシュターポリンという素材に箔押しが施されている。デザイン・制作:太田泰友

僕が初めて箔押しと直接関わったのは、日本の大学の学部生として卒業制作で本を作ったときで、そのときに革装かわそうの本に箔押しをお願いしました。箔押しについて、僕はほとんど何も知らない状態だったので、注文するために必要な事項をただお伝えして、箔が押された本を受け取ったという程度の関わりです。

それから約1年後、僕が大学院生の頃に、東京都内の箔押し屋さんでアルバイトを募集していて、これは箔押しのことをもっと知ることが出来るチャンスと思い、応募しました。何もわからないまま飛び込んだのですが、その時期がちょうど繁忙期で、とにかく実践で活字や金属凸版を使った箔押しを覚えていったのを記憶しています。熱い箔押し機で何度も火傷しました。1年ほど勤めて、もちろん極めるにはまだまだ時間が足りなかったわけですが、箔押しがどういうものなのか、理屈だけでなく身体感覚として習得できたのが、後に思いがけず役立つこととなります。

太田泰友+加藤亮介「造本見本帳」(2013年)。白い文字の部分が箔押し。大学院時代に修士研究の中での制作物で、自らの手で箔押しを施し始めた。Photo: Riko Okaniwa

大学院修士課程を修了し、ドイツに渡ると、僕が在籍していたブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学のブックアート科には、2種類の箔押し機がありました。その箔押し機を使うための講習を受けるのですが、まだドイツ語での専門用語にそこまで自信がなかった当初、日本で箔押しの技術を身につけていたので、すぐにドイツの工房の箔押し機の使い方を体得し、積極的に作品制作に取り入れることができました。

箔押しでは、うまく箔がつかなかったとき、主に押す時間と圧力と温度を調整して改善を試みますが、機械の使い方がわかっていても、その調整がとても感覚的で、この感覚を日本で身につけていたことが重要だったのです。

こうして箔押しを得意にしていた僕ですが、ドイツ滞在中に、それまでも存在は薄々知っていた、伝統的な本来の「箔押し」を、師事していた製本家のもとで学ぶ機会が訪れます。
では、それまで知っていた「箔押し」は偽物なのかというと、そういうわけではなく、ただ「箔押し」という言葉が指す範囲は、今日では拡張されていて、その境界線が曖昧になっていることが多いです。僕がそれ以前から行っていた「箔押し」は、ホットスタンピングとも呼ばれる技法で、伝統的な箔押しは、下地を塗った上に金箔をつけるのに対し、ホットスタンピングは、接着剤を蒸着したフィルムの金属箔の上から熱と圧をかけて転写します。

ドイツで初めて目の当たりにした本来の「箔押し」は、僕にはすごく難しく感じました。
まず下地の作業が難しい。卵白などを使って作る下地は、手がかかるだけでなく、箔がうまくつかなかった時に、経験のない僕にはどう調整してよいかわかりませんでした。そして、それまでに使っていたホットスタンプ用の箔と違い、本物の金箔はヒラヒラとしていて扱いが難しい。あらゆる窓を閉め、空調を止め、息を潜めて風が起きないようにするのは、ホットスタンピングにはない緊張感でした。

いつかもっとじっくり挑戦してみたいと思い、ドイツで売られていた中古の箔押しの道具を手に入れて、日本に持ち帰ってきました。

箔押し師 中村美奈子

今回、箔押しを温ねるにあたって取材をさせていただいたのは、箔押し師の中村美奈子さんです。

中村さんは、日本の大学を卒業後、イギリスの大学院に留学、児童文学を専攻されました。イギリス滞在中に製本に興味を持つようになり、そのときに耳に残ったのが英語の bookbinding ではなく、フランス語の reliure(ルリユール)で(※共に“製本”の意)、イギリスから日本に帰国後、フランスへの留学を決意。フランスで製本を学ぶ中で、箔押しと出合いました。その後、フランスから日本に帰国してからは、箔押しと天金(本の天小口に金箔をつけること)の受注制作をされています。

著者のアトリエにて、中村氏に箔押しの作業を見せていただきました。

中村さんの箔押しは、ホットスタンピングではなく、伝統的な箔押しです。
製本された本に箔押しをして仕上げるという意味で、箔押しは本と切っても切り離せない、非常に密な関係ですが、僕にとって伝統的な箔押しは、近くて遠いような、憧れのような存在。

取材にあたって、僕のアトリエで中村さんに箔押しの作業を見せていただきました。次回、知っていそうでまだよく知らない箔押しの世界に迫り、箔押しと本の関係から、ブックアートの可能性を見つめていきます。

山羊革総革装 ルリユール 金装飾(à la Duseuil)付き「書斎」。制作:Les Fragments de M、タイトルと装飾の箔押し:中村美奈子。 (2012年)


今回の温ね先

中村 美奈子(なかむら・みなこ)

パリ工芸製本専門学校(Union Centrale des Arts Décoratifs)で製本・箔押しを学ぶ。
その後、ヴェジネ市立製本学校(l’Atelier d’Arts Appliqués du Vésinet)にて箔押しを専修し帰国。
2006年より箔押し・天金を受注制作している。
「「製本」から本を読む―箔押し装飾について」(勉誠出版『書物学第8巻』掲載)


第十六回 「箔押しを温ねて(2)〜パリでの経験編〜」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)