本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第十四回 「印刷を温ねて(3)〜シルクスクリーンとブックアート編〜」

岡部版画工房のスクリーンの数々。

一枚ものと本

「シルクスクリーン印刷を用いた作品」と聞くと、一枚ものの作品を想像する方が多いと思います。僕もそのうちの一人です。「印刷」という点で、シルクスクリーンと本が結びつき得ることは、当連載第12回でも触れましたが、「一枚もの」と「本」で決定的な違いとなってくるのは枚数でしょう。

岡部版画工房で生まれたたくさんの作品を紹介してくださる牧嶋成仁氏。

ドイツのブックアート・コレクターが、展覧会のイベント時に、ブックアートを紹介するために次のようなことを話していたことがあります。
「ここに、アンディ・ウォーホルの版画作品も含む、たくさんのアーティストの作品のオリジナルが入った本があります。この一冊の価格は、中に入っている作品一枚一枚を買うよりも安い価格になっています」

これは、そのコレクターが、ブックアートを収集する楽しみを伝える文脈で話されていたものですが、僕はその話を聞いた時に、ブックアートを作る作家として、決して良くないことだと感じました。せっかく本を作るのに、本にすることで安くなってしまうのでは、まるで本を作る意味がない。もちろん、その内容を広く伝えるためというのであれば、それは本がもともと持った目的なので、特に議論の余地がないと思いますが、オリジナルの価値が下がるとすれば、それはただの「セット価格」になってしまっていて、本としての付加価値がなくなってしまいます。
もし「ブックアート」としての本づくりを追究するのであれば、先の例でいうと、本にした時には、中身一枚一枚の合計価格よりも高くなっているべきではないかと思うのです。

わかりやすいところで価格の話を取り上げましたが、価格を問いたいわけではなく、やはり「なぜ本にするのか」ということにこだわっていきたいです。このことに対して有意義な解を持った本の制作が望まれるべきブックアートの姿だと、僕は思います。

♪岡部版画工房にて、刷った作品を乾かす送風機、通称「ドラドラ」の音が響く
シルクスクリーンと本

前々回の記事にあるように、僕のドイツ滞在時の経験から、シルクスクリーンと本は近いところにあると思っていましたが、日本では意外とその交わりが見受けられません。しかし、改めて考えてみても、ブックアートのような、作品性の強い本が持つ特性は、シルクスクリーン印刷と良い関係性を持ち得るように思えます。

シルクスクリーン印刷の作品。

例えば、ブックアートで求めたい部数とクオリティーは、シルクスクリーン印刷が得意とする範囲に近いところにあります。ブックアートは、数部から数十部あたりのエディションで制作され、そこで用いられる紙も、コンセプトに合わせたいろいろなファインペーパーが選ばれます。
オフセット印刷で様々なファインペーパーに高いクオリティーで印刷することも可能ですが、部数が適しません。シルクスクリーン印刷はこのあたりに適性を見出せます。

岡部版画工房の牧嶋さんも、「今まであまりブックアートのような作品のためにシルクスクリーン印刷を用いたことはなくて、太田さんにシルクスクリーンと〈本〉と言われたときも、最初はピンときませんでしたが、部数を見ても、数十部から数百部ぐらいまでシルクスクリーンが得意とする範囲ですし、可能性はあるかもしれません」とのこと。

岡部版画工房における作品制作の貴重な蓄積。

「シルクスクリーンではなかなか見かけないですが、銅版画では本にすることがよくありますね。銅版画で線を出すとすごくきれいに出るけど、シルクスクリーンでは難しいという作家の声をよく聞きます。線よりも面に向いているのがシルクスクリーン印刷の特徴でしょうか」と牧嶋さん。
たしかに、シルクスクリーン印刷を用いた作品を思い浮かべると、ポップアートと呼ばれる作品などの色や平面の構成の印象が強いように感じます。シルクスクリーンと本の関係を探りながら、改めてシルクスクリーンの特徴を実感することとなりました。

(左から)刷り師の加藤守氏(この道一筋50年、刷りと色調合をご担当)、刷り師の牧嶋氏(主に製版と紙挿しをご担当)、筆者

この旅で温ねた印刷

一言に「印刷」といっても、様々な技術があり、それぞれに特徴があります。本がもつ特性から、「印刷」は切っても切り離せないものであり、作品のコンセプトに合った印刷技術を用いることで、より強く、深いブックアートを追究することができます。

今回、岡部版画工房を訪れて、シルクスクリーン印刷の魅力を改めて実感したのはもちろんですが、「刷り師の存在」が非常に印象的でした。技術的な追究があった上で、それが作品に生かされていく過程において、刷り師が担う役割は僕が想像していたよりも大きかったです。

僕がブックアートを制作する際に、技術的な面でのみ追い求めた作品にはならないような考え方をするのですが、改めて技術的なアプローチの重要性を感じさせられました。
シルクスクリーン印刷と本が共鳴し合う作品の実現に向けて、胸が高鳴ります。


今回の温ね先

岡部版画工房

岡部徳三(1932–2006)が、自刷りの版画家ではないアーティストの自由な発想をシルクスクリーン版画にし、販売するというシステムによる版画工房を日本の草分けとして1964年に設立した工房。岡部の逝去後も、「職人になれ、職人としての自覚を持つように」という精神は受け継がれ、工房での版画制作は続いている。工房に集う作家は、美術家、映像作家、音楽家、写真家、人形作家、デザイナーと様々な分野に渡り、作家と刷り師のコラボレーションのもと、日々研究と試行錯誤を重ねながら、新しい版画表現とオリジナルな技術が生み出されている。


第十五回 「箔押しを温ねて(1)」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)