本が持つ役割や要素をアート作品として昇華させる太田泰友。本の新しい可能性を見せてくれるブックアートを、さらに深く追究するべく、ドイツを中心に欧米で活躍してきた新進気鋭のブックアーティストが、本に関わる素晴らしい技術や材料を求めて日本国内を温ねる旅をします。

第十九回 「印刷を温ねて(4)〜コロタイプ編〜」

この連載で、本に関わるいろいろな素材や技術の取材を続ける中で、いつも話題に上がるのが、伝統的な技術と新たな技術やデジタル化された技術との競合・共存です。その技術が登場した時代には、疑いようもなくその素晴らしさを選んでいたものの、時を経て、伝統的な技術の弱点を克服したり、代わりになるような新しい技術が出現し、伝統的な技術が追いやられてしまうのか、それともこれを機に、伝統的な技術の良さが再度認識され、それぞれの技術の良さを活かしながら共存していくのか。

これからのブックアートを追究するにあたっては、この状況を理解することがとても重要で、面白いところなのではないかと取材を重ねるごとに実感します。というのも、新しい技術は生産性やコストの面が改良され、仕上がりの質が維持または向上されていますが、ブックアートにおいては、そういった側面では計れない価値を求める性質があるからです。

本をつくる工程上、欠かすことができないものの一つが〈印刷〉ですが、一言で〈印刷〉といっても多様な選択肢があることも大きな特徴だと感じます。その中で、今回温ねたのは、「コロタイプ」です。「コロタイプ」と聞いてピンとくる人は、他の印刷技術と比べてかなり少ないのではないかというのが、僕の実感です。僕の周りでも知っている人はそんなに多くない印象ですし、僕自身も最近まで聞いたことがありませんでした。

コロタイプは、「世界最古の写真印刷技法」とも言われていて、今では非常に希少な技術となっていますが、それでも確かに存在しています。様々な新しい印刷技術が台頭する中で、コロタイプが生き残っていることは、印刷以外の他の技術を考える上でもヒントになることがあるのではないかと期待して、世界でも珍しいコロタイプ工房を持つ、京都便利堂を訪れました。

便利堂の工房の様子。

世界最古の写真印刷技法、コロタイプ

コロタイプは、1854年にフランスで発明された、精巧なモノクロ印画技法です。1873年に、ドイツで実用化され、日本では1883年からコロタイプが用いられるようになりました。1887年に創業された便利堂は、1905年にコロタイプ工房を新設し、それ以来、コロタイプを用いて美術図録や美術品の複製を手がけています。
コロタイプはもともと単色の印刷技術でしたが、便利堂がカラーコロタイプの開発に成功し、多色のコロタイプも追究してきました。

かつて「玻璃はり版」とも呼ばれたコロタイプは、ガラス板を刷版に使用します。他の印刷技術と比較した時に、コロタイプならではの特徴として特筆すべきは、〈滑らかな階調〉です。

コロタイプの拡大画像。 ©️BENRIDO Inc.

インクジェット印刷の拡大画像。 ©️BENRIDO Inc.

オフセット印刷の拡大図。 ©️BENRIDO Inc.

コロタイプの階調表現

今日の印刷技術の代表格であり、かつてのコロタイプ印刷に取って代わっていった存在でもあるオフセット印刷は、色の3原色であるC(シアン)、M(マゼンタ)、Y(イエロー)とK(スミ)の4色の網点の密度によって色を表現します。一方でコロタイプは網点ではなく、オリジナルに近い、非常に滑らかな階調表現になっています。これは、感光性のあるゼラチンを塗ったガラス板に、直接大判のネガフィルムを密着させて焼き付けているためです。複製するための印刷において、デジタルなデータに置き換えることなく、撮影したフィルムをそのまま版にするような感覚で、言わば、より純粋な複製技術です。

ガラス板に感光性のあるゼラチンを塗布し、ネガフィルムを焼き付けた版。

コロタイプの色表現

モノクロの写真を高品質に印刷するために発明されたコロタイプ。非常に滑らかな階調を持っているからこそ、カラーの表現をどのように実現したのか、とても気になります。カラーコロタイプでは、撮影したフィルムから色を取り出し、色の数と同じ数の版を製作。これらを木版画のように一色ずつ重ねて印刷することで、色の表現を手に入れています。この色の〈取り出し作業〉は、かつてはマスクフィルムや鉛筆、墨などを用いて、すべて手作業で行いました。(※現在は、便利堂の高い水準を満たしたデジタル技術が取り入れられています。)

スミ、黄土色、セピア色、赤、紫、緑、青、橙色、朱色、黄色の順で色を取り出した例。壁に立てかけてあるのが完成したもの。

赤を取り出した様子。

手作業によるレタッチの様子。

「単色ではなく色を重ねる場合には、光を含めて表現しないと、丸みや奥行きを表現することができない。光を含めることによって、立体的な遠近感が出来上がっていく」と、便利堂のレジェンドと呼ばれる製版技師の中澤友宏さん。色を重ねることによって「光を含める」という表現が、とても印象的でした。

便利堂のレジェンド、中澤氏。


今回の温ね先

便利堂

明治20(1887)年に貸し本店として創業。明治38(1905)年のコロタイプ工房の併設以来、その技術を駆使して、2000点以上の文化財複製や美術品を手がけてきた。昭和30年代には、それまで単色が常識であったコロタイプの多色刷りに成功。これにより、原本に忠実な文化財の複製が可能になり、文化財の保存・公開・研究に大きく貢献してきた。昭和10(1935)年に行われた法隆寺金堂壁画の原寸大撮影事業と、昭和13(1938)年の、同壁画の原寸大コロタイププリントの制作は現在でも重要な仕事として語り継がれている他、最近では、平成27(2015)年、琳派400年を記念した「風神雷神図 尾形光琳筆・夏秋草図 酒井抱一筆」原寸大復元複製両面屏風(原本 重要文化財 東京国立博物館蔵)の制作など、多岐にわたる文化財の保存・保護にかかわる仕事を展開。


第二十回 「印刷を温ねて(5)」に続く
この記事を書いた人

太田 泰友(おおた・やすとも)
1988年生まれ、山梨県育ち。ブック・アーティスト。OTAブックアート代表。
2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。
これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ドイツ国立図書館などヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリック・コレクションとして収蔵している。
2016年度、ポーラ美術振興財団在外研修員(ドイツ)。
Photo: Fumiaki Omori (f-me)