大蔵流〈茂山千五郎家〉に生を受け、
京都1000年の魑 魅ちみ 魍魎 もうりょうをわらいで調伏する男、ここにあり。
この物語は、ややこしい京都の町で、いけずな京都人を能舞台におびきよせ、
一発の屁で調伏してしまう、不可思議な魅力をもつ茂山家の狂言の話である。
道行案内は、ぺぺこと茂山逸平と、修行中の慶和よしかずにて候。


「釣狐」茂山逸平、善竹ぜんちく隆平
2018年5月11日 大槻能楽堂自主公演能 於:大槻能楽堂(大阪府)
「猿に始まり、狐に終わる」
狂言師の修業―『靭猿うつぼざる』で初舞台を踏んだ狂言師は、『釣狐』で一人前になります。
技術的にも高度で、体力的にも過酷な極重習ごくおもならいの大曲です。

~『釣狐』~
釣狐・解説
猟師に一族を絶やされた古狐が、猟師の伯父の伯蔵主はくぞうすという僧に化けて、猟師のもとに行き、狐の執念の恐ろしさを示す殺生石の物語を語ります。
猟師は狐釣りをやめることを約束し、罠を棄てます。しかし、狐は帰途、罠を見つけます。
狐は悩んだ挙句、変化へんげを解いてから餌を食べに来ようと立ち去ります。
猟師は、壊された罠を見て、先刻の伯蔵主が狐だったと知り、古狐を待ち伏せますが…。
── 狂言の演目は20分ほどのものが多いですが、「釣狐」は1時間ほどの長い作品ですね。
演目としての位置づけを教えてください。

『釣狐』は、狂言師の修業の最後にするものです。
祖父や父から教わったものを教えられた通りに舞台にあげるというのが、『釣狐』まで。
ここまでは、教えられた通り、最後の我慢を体の中に叩き込みます。
『釣狐』は、不自然な姿勢や動作を身体に強いたり、特殊な発声が必要になったり、体力的にも過酷な演目です。体がついていくようになるまで、半年は稽古がいりますね。

©Halca Uesugi

── 前半に狐に化けた人間として登場し、後半に狐に戻ると、声の出し方や所作が変化しますね。
前半の狐が化けている人間の演技では、獣らしく見せるために身体に色んな我慢があります。狐が我慢して人間になっている、という設定です。
後半、狐を演じるときは、解放になりますよ。
── 狐を演じるときは、解放なのですか。
はい。我慢をして演じている人間から解放されて、狐に戻ればいいのですから。
身体の技術です。
狐の所作や声は、能の稽古と重なります。
別れの声、哀切の声などは、能の道成寺どうじょうじの習い事と同じところもあるんです。
能楽師狂言方の修業の過程にある様々なものが『釣狐』にはちりばめられています。
狂言師として必要な技術的要素が、「狐」の姿として描かれているとも言えます。

©Halca Uesugi

── 『釣狐』は、極重習として位置づけられていますが、極重習とはどういうことですか?

能や狂言には、稽古順やランクがあります。
平物ひらものが初級、内神文ないしんもんが中級、本神文ほんしんもんが上級、小習こならいがプロフェッショナルで、この数字が上がるにつれてだんだん難しくなります。
重習は、お年寄りが最後にするようなもの。
極重習は、狂言師としての人生の節目に演じる狂言で、ここに『たぬきの腹鼓はらつづみ』『花子はなご』『釣狐』があります。
『狸腹鼓』は、井伊直弼なおすけさんが創って茂山千五郎家にくださった演目なので、とても大事にしている狂言です。
『釣狐』は、これまで20代のTOPPA!や30代の狂言季期で演じました。
昨年2018年に30代最後の節目として演じて、3回目です。
祖父や父から稽古してもらった動きが習いにあるので、それを稽古しなおしました。
年齢を重ねても『釣狐』はできますが、初演通りに教えられた通りの『釣狐』を演じられるのは、もう最後だと思います。
昨年は30年近くお世話になっている大槻能楽堂さんが、平日の夜の能の催しで『釣狐』を演じてもらいたいとおっしゃってくださった。
能の会で、最も難しく滅多に上演されない『釣狐』を扱ってくださったので、やってみることにしました。

©Halca Uesugi

── 『釣狐』という演目のテーマについては、どのように考えていますか?

「狐」とあるからテーマ性が深く見えるだけかもしれません。
人間というものは仲間が傷つけられたら腹がたつし、それを止めさせたいという心がある。
心の通じない人とは絶対に折り合わず、ぶつかってしまう。
心の通じないものの象徴として、狐と人間ということになっているのだと思います。
仲間を守りたい―自分が思う正義のためなら、姿を変えてしまう。
噓も方便という描き方になっている。でも、正しいからといって成就はしないわけです。
── 狐は狐であって、狐でなくともよいということですね。
異形なものを通じて普遍的なものを語っているというか。

狐の形を借りているということですよね。
『狸腹鼓』は雌の狸ですが、これは狐が狸にかわったわけです。
── 『釣狐』の稽古のお話など、聞かせてください。

今回の稽古中は、父との折中が難しかったです。
稽古していると、父から「そこが違う!」と言われたり、意見の落としどころが合わないこともあります。
『釣狐』は、教えられた通りに舞台に乗せるものですが、今回は3か所だけ、自分の思うようにしたところがあります。
息継ぎをゆっくりしなさいと言われたところを、全部つめてみたんです。
もう狐釣りをしないという猟師の約束を取り付けて、狐が猟師のもとから帰るとき、喜び勇んでうたいを歌う場面です。
嬉しくて歌おうというときに息継ぎをゆっくりはしないと思って、ここは自分の考えを通しました。
稽古の最中は、外部を遮断して稽古場に籠ります。
『釣狐』の初演の稽古を見たのは、父、祖父、千作だけでした。
今年は、父に『狸腹鼓』の稽古をつけてもらうので、年明けから、籠り稽古の日々がはじまります。

©Halca Uesugi

── 『釣狐』の舞台裏では、どのようなことが起きているのですか?

『釣狐』を演じる1時間前から、鏡の間の屏風の中に籠ります。
屏風の中で衣装を着けてもらうのですが、衣装は『釣狐』を演じた人しか担当してはいけないんです。
『釣狐』を未経験のままで衣装着けをすると不具合がおこるので、経験値のある人が担当します。『狸腹鼓』では、舞台の上で、尼から狸に変わります。
舞台の上で、右手左手がひとつの動作をするだけで、すべての衣装が解きほぐれるという、茂山千五郎家の秘密事があります。
その魔法のような秘密技もあるので、『狸腹鼓』も鏡の間の屏風の中で衣装付けをします。
衣装を担当した狂言師たちには、そのまま舞台後見に出てもらいます。
だれかが大切な演目をするときは、このように家全体で支えるので、茂山千五郎家が営業停止になってしまいますね(笑)。
(終)
●茂山 逸平(しげやま・いっぺい) 大蔵流狂言師(クラブsoja 狂言茂山千五郎家)。
1979年、京都府生まれ。曾祖父故三世茂山千作、祖父四世茂山千作、父二世茂山七五三に師事。甥と姪が生まれたときに、パパ、ママのほか、逸平さんをペペと呼ばせたので、茂山家では以降ぺぺと呼ばれるようになった。
●茂山 慶和(しげやま・よしかず) 逸平の息子。2009年生まれ。4歳のときに「以呂波」で初舞台。小学校1年生から謡曲を習い、義経の生まれ変わりだというほどに、義経好き。稽古のあとの楽しみは、大黒ラーメン。
狂言公演スケジュール
http://kyotokyogen.com/schedule/
『茂山逸平 風姿和伝 ぺぺの狂言はじめの一歩 』(春陽堂書店)中村 純・著
狂言こそ、同時代のエンターティメント!
大蔵流<茂山千五郎家>に生を受け、京都の魑魅魍魎を笑いで調伏する狂言師・茂山逸平が、「日本で一番古い、笑いのお芝居」を現代で楽しむための、ルールを解説。
当代狂言師たちが語る「狂言のこれから」と、逸平・慶和親子の関係性から伝統芸能の継承に触れる。
構成・文/中村 純(なかむら・じゅん)
詩人、ライター、編集者。今年は、『風姿和伝』をしっかり編集します!
写真/上杉 遥(うえすぎ・はるか)
能楽写真家。今様白拍子研究所で幻の芸能白拍子の魅力を伝えるべく日々修行中。