第4回 山手樹一郎氾濫時代──「江戸の朝風」「八幡鳩九郎」「隠密三国志」
さいたま文学館学芸員 影山 亮
石井冨士弥は「山手樹一郎・この作者と読者の共同作業の世界」(『小説会議』昭和56[1981]年11月、小説会議同人会)において、昭和20年代前半から30年代後半を、山手作品があらゆる雑誌で読める時代になったことを指して「山手樹一郎作品の氾濫時代」とし、そのはじまりを「夢介千両みやげ」の連載頃からと言及しています。しかしその氾濫ぶりの実情は、石井の認識の程度を遥かに凌駕していました。この表は前回も引用した拙稿による山手の創作数の変遷です。

昭和20年代における総作品数と連載数の増加は前回指摘しました。今回扱う昭和30年代を見ると総作品数と連載数は相変わらず多いことは分かりますが、昭和20年代からは減少しています。しかし連載数は減りながらもこの38の連載媒体は『小説と読物』(桃園書房)や『面白倶楽部』(光文社)などそれまでの掲載媒体と同系統のものはもちろん、『朝日新聞』や『サンデー毎日』『毎日グラフ』などの大手のメディア媒体にも連載されるようになったのです。これは山手作品の読者数の増加だけでなく、作品に触れる機会がより増加しているとも言えるでしょう。また後に高田浩吉と里見浩太朗主演で映画化や松平健でドラマ化もした「八幡鳩九郎」(『夕刊タイムズ』に1年3ヶ月)や尼崎藩に眠る百万両を巡る三つ巴の争いに巻き込まれる浪人を描いた「隠密三国志」(『講談倶楽部』に1年10ヶ月)や、同輩に海に突き落とされながらも奇跡的に助かった藩士と女占い師の活躍を描く「江戸の朝風」(『講談倶楽部』に2年11ヶ月)など、連載期間の長期化も昭和30年代における山手人気の一端と言えます。この3作は山手が作家として一番脂が乗りながら、かつ人気の絶頂期に連載した長編として名高い作品です。

「八幡鳩九郎」映画版スチール写真(里見浩太朗)
人気作家として確固たる地位を築いた山手の作品はついに全集としてまとめられます。昭和35(1960)年9月より講談社から刊行された『山手樹一郎全集』は全40巻で、各巻の月報に師匠である長谷川伸をはじめ、村上元三や山岡荘八らの山手作品に関する文章や、山手自身の回想記も掲載されたものでした。ついに全集を発刊するほど、山手は人気作家として認知されたのでした。

『山手樹一郎全集」(講談社)刊行記念文集(署名入)

山手原作の映画のパンフレット写真

藤井淑禎『高度成長期に愛された本たち』
文壇だけでなく、あらゆるメディアで引っ張りだことなり、人気作家として不動の地位を築いた昭和30年代の山手。先に引用しましたが石井冨士弥はこの時期を「山手樹一郎作品の氾濫時代」と評しています。しかし作品の氾濫時代でなく、山手樹一郎という作家の名前そのものをあらゆるメディアで目にする、つまり「山手樹一郎氾濫時代」であったと言って過言ではないでしょう。

日本作家クラブ名簿と山手の古稀を祝う会案内
『桃太郎侍』上巻(春陽堂書店)山手樹一郎・著
TVドラマにもなった 『桃太郎侍 』の知られざる原点、遂に復刊。
アクションあり、恋あり、涙あり……
山手樹一郎の傑作長編!
本のサイズ:A6判(文庫判)/368ページ
発行日:2024/1/26
ISBN:978-4-394-90470-0
価格:1,012 円(税込)
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┃この記事を書いた人
影山 亮(かげやま・りょう)
1988年、東京生まれ。さいたま文学館学芸員、立教大学大学院博士課程後期課程。山手樹一郎を中心とした時代小説、大衆雑誌をテーマに研究。主な論文に「占領下における明朗時代小説の躍進 : B六判雑誌『読物と講談』と山手樹一郎『夢介千両みやげ』」(『立教大学日本文学』2020年1月)など。今冬の企画展「太宰治と埼玉の文豪展」を担当、来冬に江戸川乱歩に関する企画展を担当する。
影山 亮(かげやま・りょう)
1988年、東京生まれ。さいたま文学館学芸員、立教大学大学院博士課程後期課程。山手樹一郎を中心とした時代小説、大衆雑誌をテーマに研究。主な論文に「占領下における明朗時代小説の躍進 : B六判雑誌『読物と講談』と山手樹一郎『夢介千両みやげ』」(『立教大学日本文学』2020年1月)など。今冬の企画展「太宰治と埼玉の文豪展」を担当、来冬に江戸川乱歩に関する企画展を担当する。
