第5回 大家の時代と山手樹一郎長・短編時代小説全集(春陽堂書店)
   ──「さむらい山脈」「江戸隠密帖」

さいたま文学館学芸員 影山 亮
 昭和30年代の中頃から「山手樹一郎氾濫時代」を迎えた山手は、昭和40年代に入ると時代小説の領域のみならず、大衆文学全体においても大家となりました。この時期から総作品数も連載数も減少傾向を見せ、随筆の部類が増加します。これは60代中頃を迎えていた山手の体力的な問題が多分にあるでしょうが、短い随筆だけでも、その掲載雑誌に箔が付くというほど、山手が大家として認知されていたとも考えられるでしょう。
 また昭和48(1973)年9月には『句集 冬ごもり』(新樹社)を刊行します。

図1『冬ごもり』と『入院四十八日』

 私は日記というものをほとんどつけていないので、この年代別の俳句ノートが、なにかを思い出して、あれは何年ごろのことだったかなあと考えるような時、これが唯一の手がかりになることが多い。
とあるように、昭和14(1939)年から昭和47(1971)年にかけて創作した俳句を集めたものです。山手は弟子にあたる上野一雄に「俳句を学ぶことで、限られた誌面のなかで作品をまとめる力を養うことが出来る」と、作句を推奨していました。こういった点は若い頃から雑誌編集者として敏腕を振るっていた山手ならではと言えるでしょう。もちろん時代小説も執筆しており、丹波藩亀山家のお家騒動を扱った「さむらい山脈」(昭和46[1971]年4月~翌年1月『信濃毎日新聞』)、江戸を荒らす五人組強盗と事件究明の密命をおびた樽谷平太郎の活躍を描いた「江戸隠密帖」(昭和46[1971]年7月~翌年8月『小説CLUB』)などの名作も残しています。
 昭和52(1977)年に山手はこれまでの作家活動が認められ、勲三等瑞宝章を授与されます。そして同年にはかつてないほどの山手作品の全集が刊行され始めます。すなわち春陽堂書店から刊行された『山手樹一郎長編時代小説全集』です。山手と春陽堂は、山手の出世作である「桃太郎侍」の初刊本が春陽堂であったなど、戦前からの結びつきでした。また春陽堂は昭和26(1951)年から「春陽文庫」をシリーズとして刊行します。
 春陽文庫はかつて日本小説文庫として発刊されていらいのながい伝統をもつ文庫である。私はその第一巻菊池寛「有憂華」以後ほとんどの書目に眼をとおして来た。その点では表彰されていいとひそかにほこっている。というのはこの文庫の歴史はそのまま大衆文学の歴史に重なるからだ。文庫はいろいろこれまでにも出ている。しかし大衆文学を専一に収録してきた春陽文庫は、大衆生活のなかに特殊な位置を占める。大衆文学が大衆とともに創造する文学だとすれば、この文庫は大衆とともに創造し、歩んできた文庫なのだ。そこには大衆の素顔が、そのまま彫りこまれているといっていい。

(尾崎秀樹ほつき「大衆の素顔」『春陽文庫の作家たち』昭和44[1969]年7月、春陽堂書店)

図2『春陽文庫の作家たち』表紙

 大衆文学研究の大家である尾崎は上記のように、「春陽文庫」を高く評価しています。この書籍には「春陽文庫」にラインナップされた作家たちのプロフィールと主な作品を武蔵野次郎が紹介する豪華な企画も収録されており、山手に関しても、
 庶民手人気作家NO.1は、時代小説ではなんといっても山手樹一郎であろう。山手樹一郎の時代小説のよさは非常に分かりやすく面白い。一度でもその作品を読んだものは、つづけて又読んでみたいと思わせる大きな魅力をもっていることが特徴である。

(武蔵野次郎『春陽文庫の作家たち』昭和44[1969]年7月、春陽堂書店)

図3『春陽文庫の作家たち』山手のページ

と評しています。
 さて『山手樹一郎長編時代小説全集』は昭和52(1977)年11月から刊行されますが、その巻数はなんと全84巻にのぼります。2段組でありながら、この巻数ですから、多作であった山手作品のなかでも単行本化されていた作品をほとんど収録していることが分かるでしょう。またこの全集は他の出版社の雑誌に掲載されたり、出版されたりした作品も収録されていることが最大の特色でしょう。美人浮世絵を表紙に朱色の背表紙は本棚に並べると巻数とともに、壮観の言に尽きます。さらにこの全集のもうひとつの特色は、各巻号に付録が付いていることが挙げられます。第1巻には先に挙げた尾崎秀樹の「山手樹一郎文学の位置」と題した評論が掲載され、それ以降の巻には山手の弟子たちの「わが師を語る」や江戸風俗研究家たちの「江戸おもしろ事典」が掲載されています。弟子たちから語られる山手の素顔や、江戸時代独特の風俗や制度を丁寧に説明してくれるこの付録は、山手作品をさらに深く読むことを可能にしてくれる最適なものと言えるでしょう。全84巻の長期刊行ながらも売れ行きが落ちることがなかったこの全集に続き、昭和55(1980)年から『山手樹一郎短編時代小説全集』も春陽堂から全12巻で刊行されました。つまり長・短編合わせて、全96巻を誇るシリーズは、まさに全集の名を冠するにふさわしいラインナップとなっています。それだけ山手樹一郎と春陽堂の結びつきは特別なものと言えるでしょう。
 しかしこの全集の刊行終了を待つことなく、昭和53(1978)年に山手樹一郎、本名、井口長次は肺癌により79歳の生涯を閉じました。
 編集長時代に培った小説技法を駆使して、明朗時代小説という新たなジャンルを切り開き、多くの読者を魅了し人気を博した時代小説作家、山手樹一郎。その作品世界を凝縮した言葉でこの連載を終えたいと思います。
 私は小説というものは必ずしも机の前に坐って読まなくてもいいものだと、いつも考えている。しかし気楽な気持で、寝ころびながら読んでいるうちに、坐って読みたくなるような小説が書ければ、それが本物なのだと心がけている。

(「あのことこのこと 二十」『山手樹一郎全集』20巻月報、昭和37[1962]年4月、講談社)

【今回のおすすめ春陽文庫】
『山手樹一郎長編時代小説全集』77(昭和54[1979]年7月、春陽堂書店)
※「さむらい山脈」収録

『山手樹一郎長編時代小説全集』82(昭和54[1979]年12月、春陽堂書店)
※「江戸隠密帖」他1編収録

『山手樹一郎短編時代小説全集』3(昭和55[1980]年6月、春陽堂書店)
※「春風街道」他10編収録


この記事を書いた人
影山 亮(かげやま・りょう)
1988年、東京生まれ。さいたま文学館学芸員、立教大学大学院博士課程後期課程。山手樹一郎を中心とした時代小説、大衆雑誌をテーマに研究。主な論文に「占領下における明朗時代小説の躍進 : B六判雑誌『読物と講談』と山手樹一郎『夢介千両みやげ』」(『立教大学日本文学』2020年1月)など。今冬の企画展「太宰治と埼玉の文豪展」を担当、来冬に江戸川乱歩に関する企画展を担当する。