ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載43】
文芸、音楽、モノづくり。表現者をあたたかく見守る街の本屋
百年の二度寝(東京・江古田)河合南さん、新井宗彦さん

バンドのドラマーであり、消しゴム版画作家でもある新井さん(左)と書店員経験のある河合さん

「むかで屋Books」として活動開始
日本大学芸術学部、武蔵野音楽大学、武蔵大学のキャンパスがある学生の街「江古田」。2021年3月、3つの大学が形成するトライアングルのなかに、「百年の二度寝」はオープンしました。お店があるのは雑貨店「OILife(オイルライフ)」の奥。食器やアクセサリー、文房具などさまざまな雑貨を横目に店内をずんずん進んでいくと、秘密基地のように本屋の空間が広がっています。この店の主はふたり。学生時代をこの街で過ごした河合南さんと新井宗彦さんです。
── どうしておふたりで本屋を始めようと思われたのですか?
河合南(以下、河合) 私たちは結婚していませんが、つきあいの長いパートナーなんです。ふたりとも日芸(日本大学芸術学部)の文芸専攻で、私は学部卒で彼は大学院から。お互いに本は好きでしたが、自分たちで本屋を始めることになるとは考えてもいませんでした。そんな私たちが店を構えることになったのは、雑貨屋オイルライフのオーナーさんから、2020年の秋頃に「この場所が空くから借りないか?」と声をかけてもらったのがきっかけです。
新井宗彦(以下、新井) オイルライフさんとは、僕が作っている消しゴム版画の文豪ポストカードやトートバッグを置いてもらったご縁で親しくなりました。

── 河合さんは以前、書店員をなさっていたんですよね。
河合 はい、大型書店で政治経済やビジネス書などを担当していましたが体調を崩してしまい、しばらくブランクがありました。そのあとデザイン会社に再就職して、組版のオペレーターとして働きました。その職場で私は本の話に飢えていて、ただ本の話がしたいという一心で内沼晋太郎さんが講師を務める「これからの本屋講座」を受講したんです。みんなが具体的な企画を出すなかで、私は自分で店を始めるなんてとても想像できなくて、「この講座が終わったら、もう一度書店に就職しよう」と考えていたくらいです。
── それからまた書店に就職されたんですか?
河合 いいえ、デザイン会社を辞めたあと、また体調が悪くなってしまって……。就職するのは難しいけれど、本に関わることがしたかった。それで「Readin’ Writin’ BOOK STORE(リーディン・ライティン・ブックストア)」(東京・田原町)のひと箱古本市に参加したときに本屋ライターの和氣正幸さんと出会い、「BOOKSHOP TRAVELLER(ブックショップ・トラベラー)」のボックス型の本棚を借りるようになりました。それとほぼ同じ頃、オイルライフさんの入口近くの小さなスペースに机ひとつ出して、日曜日だけの本屋「むかで屋Books」を始めました。

お父さん、お母さんがゆっくり本を選べるように
── むかで屋Booksとして活動しはじめたのはいつ頃のことでしょう。
河合 いまから3年前だから、2018年です。たしか、バンドに入ったのもその年だったよね。
新井 そう、同じ年の秋に僕は「突然段ボール」というロックバンドに入りました。「突然段ボール」は1977年にデビューした歴史のあるバンドで、僕はドラムを担当しています。音楽とモノづくりをしていた僕がこのように本屋になるとはその頃思いもしませんでしたが、2018年を境にいろんなことが動きはじめました。
── おふたりは、どのように役割分担をしていますか?
河合 書店員経験のある私が主に仕入れを担当して、店番は交互にしています。うちは古本が7割と多いので、彼には得意分野の音楽や日本文学の古本などを選んでもらっていますね。

新井 僕は本屋としての専門知識がないので実際に読んで良かったものや、知っている作家で当たりをつけてセレクトしています。日本文学では庄野潤三が好きなので、1950年代に登場した「第三の新人」世代の本が比較的多いかな。

河合 私はできるだけお客さんのニーズに応えるようにしていますが、自分の好きな大正・昭和の社会主義者やフェミニストのはしりの山川菊栄の本をそっと置いていますし、手芸や紙に関する本は完全に私の趣味ですね。あと、雑貨ではブローチに力を入れています。


── 江古田には、学生時代から住んでいるのですか?
河合 いいえ、ずっとほかの街に住んでいましたが、書店員をしていた17年くらい前にまず私が引っ越してきました。江古田はふたりともなじみがあるし、モノづくりをする人や音楽をやっている人に寛容な街なんです。
新井 この建物の上の階にミュージシャンが住んでいたとき、いつも楽器の音が聞こえていたけれど、誰も怒ったりしませんでした。大家さんにも多少の音は大丈夫と言われているので、この店でライブをやったこともあります。
河合 私はライブのとき、音が大きすぎないか心配で冷や汗かいてましたけどね(苦笑)。
── コロナ禍のいまは通学する学生も少ないと思いますが、お客さんはどのような人が多いでしょう。
河合 すぐそばに保育園や公園があるので、お子さん連れのお客さんがたくさん来てくれます。私たちはお父さんやお母さんがゆっくり本を選べるように、お子さんの相手をするよう心がけているんです。私は人形を用意して遊んでいますし、彼は太鼓を叩いて相手をしています。
新井 コンガの簡易版を叩いてみせると、「自分もやりたい!」と喜ぶお子さんが多いですね。皮が頑丈なのですぐ手が痛くなりますけど、自分でリズムを刻むのが楽しいようです。

ふたりが別々にやってきたことが、この店で集約された
── 本屋を始めてよかったなと思うことは何ですか?
河合 よかったことは圧倒的に楽しいことですね。本に触ること、お客さんと本の話をすることがとにかく楽しい。
新井 この店にはモノづくりや音楽で知り合った人たちも来てくれますし、これまで別々にやってきたことが全部この店に集約されたような気がします。それに僕のバンド活動と彼女のデザインの経験を活かして『蔦木語録』という本も作りました。これは僕が所属している「突然段ボール」の主要メンバーである蔦木俊二の言葉をまとめた本ですが、インタビューと挿絵は僕、本文の組版やデザインは彼女が担当しました。
河合 ほかに『本屋攻略読本』というタイトルの冊子も作りましたね。これはリトルプレスなど個人で本を作っている人たちに向けた、本屋さんにどうやって売り込んだらいいかを指南するもの。コロナでいろんなイベントがなくなって、うちのような小さな店にも売り込みに来る人がたくさんいます。こうして店を構えているのだから、個人で頑張っている人を応援したいけれど、すべてを扱うわけにはいきません。それでモノづくりをする人が心折れないよう、少しでも手助けになればという気持ちで作りました。

── これからの目標、やりたいことはありますか?
河合 とりあえず5年は店を生存させたいですね。本屋がこれから人々の生活スタイルのなかでどのような存在になっていくか。まだわかりませんし、すべてが手探りですけど、私たちが試行錯誤していくことで、若い人たちに何かヒントを残せるかもしれない。これから本屋を始めようとする人の、手探りの度合いを少しでも減らせるとうれしいです。
新井 続けていくうちにやりたいことが出てくるはずなので、その時々で最善のことをやっていけたらいいですね。あと、いままで彼女に任せきりだった仕入れなどの仕事を、少しずつ時間をかけて勉強していきたいと思っています。
新井さんが「むかで屋」の名でモノづくりをしていたことから、店舗をもたない本屋時代は「むかで屋Books」と名乗っていた河合さん。ふたりで実店舗を始めることが決まったとき、「二度寝」とプリントされたトートバッグが人気商品だったので、それにG・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』から「百年」を足して、「百年の二度寝」にしたそうです。「とくに思い入れはない」という河合さんと新井さんですが、妙に惹かれるこの店名。早くコロナが収まって、名前に惹かれて店を訪れる学生が江古田に戻ってきますように。


百年の二度寝 河合さんのおすすめ本

『ひだりききクラブの自由律俳句交換日記Vol.1』すずめ園、出雲にっき著
アイドルとしての活動経験があり、現在も活動中のすずめ園さんと出雲にっきさんによる自由律俳句集。おふたりは毎週水曜日にインターネット上で日記と自由律俳句を交換しています。その傑作集であるこの本は感性のみずみずしさ、互いへのリスペクトが伝わると同時に、ちょっとした笑いを盛り込んでいるのもすばらしい。おふたりのファンはもちろんのこと、可愛らしい表紙に惹かれて手に取り、読んでみた人をも虜にする素敵な1冊です。

『太宰治 女性小説セレクション 誰も知らぬ』井原あや編(春陽堂書店)
ダザイオサム的人物が本当の太宰治かと思って読み進んでいくと、随所ではぐらかされたりけむに巻かれたりするのがこの作家のいけずなところ。自分から進んで見せるくせに、「こんなのは僕じゃないですけどね」とまぜかえす、太宰治とは実にめんどくさい書き手です。収録の短編「恥」は、自身の困窮ぶりを書き綴る作家と、彼の貧苦にロマンを感じてしまった女学生の話ですが、これを女学生側の視点から書いているのがたまらなくいじわるで最高です。

百年の二度寝
住所:176-0006 東京都練馬区栄町40-13オイルライフ奥
営業時間:13:00~19:00
定休日:不定休
https://100nennonidone.jimdosite.com/

プロフィール
河合南(かわい・みなみ)
1979年、長崎県生まれ。大学卒業後、大型書店、デザイン会社に勤務。「本屋講座」受講後にデザイン会社を辞め、ひと箱古本市への出店を皮切りに「むかで屋Books」という名で店舗を持たない本屋として活動開始。2021年3月に実店舗「百年の二度寝」オープン。
新井宗彦(あらい・むねひこ)
1978年、群馬県生まれ。大学院修了後、日本の伝統的な染色技法である型染めの型紙を作る「型彫り」修業などを経て、現在は消しゴム版画作家兼ミュージシャンとして活動しつつ、パートナーである河合南とともに「百年の二度寝」の運営に携わっている。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
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