ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載46】
働く大人が “自分のあり方” を見つめ、学べる本屋でありたい
空葉堂書店(東京・下落合)後藤恭子さん、小寺康史さん

ファリシテーションを通して出会い、本屋という形にたどり着いた後藤さん(左)と小寺さん

本もボードゲームも、思わず誰かと関わりたくなる
さまざまな価値観や背景をもつ人たちが集う場で、異なる意見をまとめ、問題解決やアイデア創造に向かうのは容易なことではありません。組織やチームの活動がうまく運ぶようメンバーひとりひとりの成長と人間関係の成熟を促進する役割を「ファシリテーター」、そのための態度や振る舞いを「ファシリテーション」といいますが、「空葉堂くうようどう書店」をはじめた店主・後藤恭子さんと共同経営者の小寺康史さんは、企業などで教えるその道のプロでもあります。おふたりは、どのような思いで書店をはじめたのでしょうか。
── ファシリテーターとして活動されているおふたりが、本屋をはじめようと思われたきっかけを教えてください。
後藤恭子(以下、後藤) 私たちは企業や組織からの依頼を受けて、研修やワークショップなどの開催を支援していますが、大手企業であってもその機会は限られたものです。大学の講座など大人が学ぶ場は探せばあるけれど、「何かを学びたい、知りたい」という気持ちがあっても、それが何なのかハッキリせず、モヤモヤした状態だと一歩踏みだすこともできません。それで大袈裟になりすぎず、ちょうどいい学びの場が提供できればと考えたのが、そもそものはじまりです。

── お店には本だけでなくボードゲームもありますが、展示してあるボードゲーム「雅々がが」もファシリテーションと関係があるのでしょうか。
小寺康史(以下、小寺) はい、実はそうなんです。ボードゲームでは人が集まり、関わり合いが生まれます。本にも同じような要素がありますが、思わず誰かとコミュニケーションを取り、何かしらの場を起動させたくなるツール。雅々はファシリテーターのトレーニングツールとしても活用できるように設計しました。

学びというのは、〈知識を学ぶ世界〉と〈人間関係を学ぶ世界〉に大別できますが、ファシリテーターの対象は後者に当たります。「雅々」は周りのプレイヤーの顔色や勝負の流れを見ながら進め、“酔い”の具合が最も良かったプレイヤーが勝つ、というゲームです。

後藤 ちなみに“酔う”というのはアルコールではなくて、「花に酔う」「人に酔う」という意味も含みます。繰り上がりの足し算ができれば子どもでもできますが、大人にこそやってほしいゲームだと考えています。
本であれば、100年前に生きた人とも対話ができる
── お客さんもやはり、大人が多いですか?
後藤 常連さんは現役で働いている人が多いですね。最寄りの駅は「下落合」(西武新宿線)ですが、「高田馬場」(J R山手線)からも歩いてこられる距離です。わざわざ電車に乗って来てくださる方も珍しくありません。ここは車が行き交う新目白通りから1本入っただけなのに、とても静か。散歩途中にふらっと立ち寄る方もいれば、「(ヴァルター・)ベンヤミンは読んだことあるかね?」なんておっしゃる読書家の年配男性もいらっしゃいましたし、昔この辺りに住んでいたという人から、手塚治虫さんにまつわる思い出話を聞くことも……。この街は往年の出版文化が花開いた頃の名残というか、文化的な香りがするところだなと感じます。

── おふたりは、どのように役割分担されているのでしょう。
後藤 私たちは他の業務もあるので、そもそも週3日しか店を開けていないのですが、カウンターにいるのは、たいてい私です。店づくりのコンセプトや選書に関しては、ふたりで相談して決めています。特に哲学や政治、社会学領域の本を選ぶときには小寺さんに意見を聞きますね。
小寺 ここにあるのは狭くいうとファシリテーターが学習するための書籍群で、広くいえば人と集団、人と人の間に起こっていることや関係を学ぶためのヒントとなる本です。政治哲学、社会心理学、文化論などの人文書を中心に、ワークショップや対人支援、アートに関する本もあります。働く人、なかでも消費する側ではなく、何かを生みだそうとする人に向けた本を揃えています。
最近はファリシテーションというと弁論術や傾聴などテクニック論に走りがちですが、ファリシテーターというのは、本来テクニックよりも“人としてのあり方”を重視すべきです。ファリシテーターが扱うのは主に〈話し言葉〉ですが、〈書き言葉〉である本は100年前に生きていた人とも対話ができますし、そのテンポは自在に変えられます。スピードや効率が求められる世界から少し距離を置きたいとき、自分のペースで著者や自己と対話できる本は、いまのファシリテーターに必要なものであり、同時にファシリテーションの効用をもっと高める契機になると考えました。

〈書き言葉〉と〈話し言葉〉を混ぜこぜにした場を作りたい
── 店名にも、働く人への思いが込められているのでしょうか。
後藤 そうですね。ここではワークショップも開催しているのですが、何かで心を満たすには、まずそれが入るだけのスペースをけなければいけません。「くう」は“心の空き”という意味で、「葉」は“言の葉”の葉、「堂」は人が集まるところ。この店に人が集まり、書き言葉である本や話し言葉でおこなうワークショップを通し、生きている言の葉を交わすことで、学びたいことや知りたいことを受け容れられるだけの心の空きができることをイメージして名づけました。
── 2020年12月のオープンから1年半経ちましたが、これからやりたいことはなんですか?
小寺 オープン当初から考えていたことですが、〈書き言葉〉と〈話し言葉〉の境界を、もっと混ぜこぜにした場を作っていきたいです。話し言葉を使うワークショップだけでなく、お客さんが著者になって考えていることをテキストで交換する。それも一気にスクロールできるネット空間ではなくて、ZINEのような小冊子を考えています。紙のページをめくり、行間からにじむ人柄や価値観を感じとって、コミュニケーションがぐうっと深まっていく。そんなプロジェクトの起点を、この店で生みだしていきたいです。

後藤 何かを求めている人に提示するには、あるべきラインナップにできていない気がしますし、まだまだ未完成の本屋だと思うんです。いつか自分でも納得がいく選書ができるよう、これからも精進していきたいと思います。
誰かが我慢を強いられていると、組織や人間関係はいつかどこかで破綻します。そうならないように、「私はこう思うけど、あなたはどう思う?」と意見を出しあったうえで、合意形成が現れる状況をつくるファシリテーターは、ビジネスに限らず、すべての人が身につけておいたほうがよい”あり方”なのだと感じました。理路整然とした話しぶりから固い人だと見られがちだけど、実はとても優しくて繊細な小寺さんと、穏やかでおっとりとした印象なのに、興味のある人への突進力がすごいという後藤さん。おふたりが営む小さな本屋さんに行けば、モヤモヤを解決するヒントが見つかるかもしれません。

空葉堂書店 後藤さん、小寺さんのおすすめ本

『人を助けるとはどういうことか──本当の「協力関係」をつくる7つの原則』エドガー・H・シャイン著(英治出版)
原題の“HELPING”は、直訳すると「支援行為」「支援学」。著者は人や人間関係に焦点を当てて組織の風土改革を研究した、キャリア支援の領域で名高い人物です。妻を介護した自身の経験から、助ける側と助けられる側の関係を見つめ、相手の役に立つにはどうすればよいのかを考察するこの本は、支援の基盤となる考え方を整理して、私たちに提示してくれます。

『ことばのみがきかた 短詩に学ぶ日本語入門』今野真二著(春陽堂書店)
メールやチャットなど、書きことばで情報伝達することが増えている時代にありながら、ふだん「ことば」について意識することは、あまりないのではないでしょうか。〈「はなしことばと書きことば」「【ことがら】情報と【感情】情報」にわけて丁寧に考えてみてごらん〉という本書のアプローチは、ファシリテーターをはじめとする対人支援者にも大いに有用です。

空葉堂書店
住所:161-0033 東京都新宿区下落合4-3-6 1階
電話:03-6822-6584
営業時間:15:00-20:00
営業日:水曜〜金曜
https://www.kuyodo.co.jp

プロフィール
後藤恭子(ごとう・きょうこ)
山形県生まれ。採用広告代理店で営業企画として部門横断プロジェクト統括や研修開発、会議マネジメントに従事。その後、組織コンサルティング系企業の役員を経て、2018年より株式会社リセッケイに参画。2020年5月、株式会社空葉堂設立。同年12月に空葉堂書店をオープンし、運営に従事。
小寺康史(こてら・やすふみ)
兵庫県生まれ。大手上場企業の幹部研修等のプログラム開発および講師を務めつつ、自社においては経営改善により業績のV字回復を主導し、役員を経て社長に就任。2018年に株式会社リセッケイ設立およびワークショップ設計所主宰。東京2020オリンピック・パラリンピックでは組織委に所属し人材管理に携わる。「ウィズコロナ時代のファシリテーター養成講座」(発行: 中小企業研究会)執筆。2020年、空葉堂書店を開き、主に選書を担当する。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。