ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。
【連載44】
書店員と街の人にとって、ここはかけがえのない特別な場所
本屋さん ててたりと(埼玉・川口)竹内一起さん
みんながパンやクッキーを作りたいわけじゃない
埼玉県川口市にある「本屋さん ててたりと」は、障がいのある人たちが支援を受けながら働く〈就労継続支援B型事業所〉で、書店員はみんな障がいをもつ人たちです。パンやクッキーを製造・販売することが多い就労支援事業所のなかで、日本で初めて新刊書店というサービスをはじめたのが、株式会社TETETARITO。〈本と福祉〉の親和性を強く感じ、この事業を立ち上げた同社代表・竹内一起さんにお話を伺います。
── 支援事務所のサービスとして、新刊書店をはじめることになったきっかけを教えてください。
私は以前、書籍を扱う印刷会社で働いていたんです。営業だったから、出版社にしょっちゅう出入りしていていましたし、本の流通について基本的な知識はありました。その後、弟が病気になったことから福祉の世界に興味をもつようになり、障がいのある人たちの就労支援サービスをする事業所に転職。そこで利用者さんたちを見ているうちに、みんなそれぞれやりたいことがあるのに、希望する仕事がないとあきらめている人たちが多いということに気づかされました。
── そもそもキャリアのスタートが、本に関係するお仕事だったんですね。
ええ、そうなんです。ててたりとを立ち上げる前に勤めていた就労支援事業所ではパンやクッキーは売れ残ったらどうするかという問題に日々追われていましたが、本なら賞味期限を気にしなくていいし、返本して新しい本を入れるなど入れ替えもできる。さらに全国どこで買っても価格と内容が同じなら、社会貢献になる店で買おうと考えてくれる人もいるのでないか。そう考えて自分で会社を立ち上げ、2018年9月にこの店をオープンしました。この辺りに書店がなかったこともあり、街の本屋としてだんだん認知されてきて、今では漫画雑誌の発売日に小学生が小銭を握りしめて買いに来てくれます。
── 思い立ってからオープンするまで、準備にどれくらいかかりましたか?
だいたい2年くらいですね。出版業界全体の大きな流れは理解していたけれど、書店業務はまったくの素人。実際に本屋を開業するにはハードルがいくつもあって、そのひとつが取次との契約でした。でも、当時の大阪屋粟田(現・楽天ブックネットワーク)さんが親身になって、いろいろと助けてくださったんです。その時の手厚いサポートがなければ、こうして店を構え、本が好きな利用者さんにサービスを提供することはできなかったかもしれません。
本屋の仕事を通して、さまざまな〈表現〉ができる
── 本屋という業態にして、よかったと思うことはなんですか?
働くことは、生活の一部。私たちは「生活支援」に力を入れているのですが、利用者さんたちに「本屋の仕事」というサービスを、新たな選択肢として提供できたことが本当によかったと思っています。書店業務は掃除、本の陳列、レジ準備にはじまり多岐にわたりますが、うちでは取次や出版社への連絡や配達もすべて利用者さんがやっていて、職員が担当するのはシフト管理や全体を俯瞰でみるくらい。本のセレクトも利用者さんがするので、絵本や漫画から終活の本までかなり幅広いラインナップになっています。
現在はコロナ禍の感染予防対策や、それに伴う本人、ご家族の意向などもあって、1回2時間の業務を週2~3日利用する人が多いのですが、1日5時間、週5日利用している人もいて、各自のペースで利用してもらうようにしています。特に、ててたりとからステップアップして一般就労を目標にされている人は、利用する日数や時間が多い傾向があります。現在は登録者は56名で書店業務に携わっているのは1日平均20名。精神保健福祉士や臨床心理士などの専門職を含めた私たち職員は、書店員として働く利用者さんを陰ながらサポートをしつつ、見守っています。
── 選書や配達など、担当はどのように決めているのでしょう。
一人ひとりできること、やりたいことが違いますから、まずは本人の希望を聞いて、できるだけ希望に沿った業務を担当してもらうようにしています。書店の収益はすべて利用者さんに支給するので、売上を伸ばそうと頑張る人もいて、雑誌の定期購読をお願いしに飛び込み営業もするんですよ。たまに配達先のカフェでコーヒーをご馳走になることもあるらしい(笑)。どっちがお客さんだかわかりませんが、街の人との交流もうまくできているようです。
本屋としての活動は店の外にも広がっていて、2020年11月から川口市のコミュニティラジオ、FM川口の音楽番組「サウンドカフェ」の本を紹介するコーナー(毎週月曜、15:15〜15:25頃)に、毎回利用者さんが登場しています。ラジオで不特定多数の人に自分の言葉で伝えたり、店内のPOP制作で絵を描いたり。飛び込み営業やラジオ出演は、やりたい人だけにお願いしていますが、本屋という仕事が彼らにとって表現の場であり、コミュニケーションが生まれる場でもあることに気づけたのは、うれしい発見でした。
6月に、2つめの事業所をオープン予定
── 本屋の仕事をはじめた利用者さんに、どのような変化がありましたか?
好きなことを仕事にして経験を積んでいくことで、どんどん自信をつけているように感じます。ラジオのトークも、回を重ねるごとに上手くなっている。人と話したい、伝えたいと思いながらも、機会がなかった人たちはもちろん、コミュニケーションをとるのが苦手な人も、得意なことを活かせる業務があるので、やりがいを感じているのではないでしょうか。なかには通うだけでも大変な人もいますが、店に来れば好きな本があり、仲間がいるので、ここが社会との接点になっているようです。
── とても素晴らしい取り組みだと思いますが、ほかに同じような業態の事業所はありますか?
最近はクラフトビールを醸造するところやe-ゲームなど、さまざまなサービス提供する事業所が出てきましたが、新刊書店をしている事業所は今のところ、ててたりとしかないかもしれません。それで、遠くは福岡や大阪から見学に来られることもあるのですが、日常的に通ってもらえないのが心苦しいところです。ここをオープンしてから4年目の今年の6月1日に2号店を立ち上げる計画を進めています。場所は同じ川口市内。書店員として働きたい人はまだたくさんいると思いますので、新店舗でもそんな仕事ができる場所にしたいと思っています。ててたりとで売れ筋の絵本や児童書を中心にラインナップにした店舗もいいかもしれませんね。
「とりたてて〜ではない」の「とりたてて」を、反対から読むと「ててたりと」。ある人にとっては特別でなくても、別のある人には特別な、かけがえのないものであること。ここがそんな場所になってほしいとの願いを込めて、竹内さんが名づけました。障がいをもつ人たちが書店員として働き、街の本屋として、地元の人からも愛されている「本屋さん ててたりと」。これもひとつの新しい本屋のカタチです。
本屋さん ててたりと 書店員・片山さんのおすすめ本
1945年当時、若者だった戦争体験者の証言を受け、2015年の若者たちが彼らに向けて手紙を書くという手法で綴られたこの本には、過去の戦争の悲惨さを伝えるだけでなく、現代の若者が自分たちは何ができるか、何をすべきかと考えているところが描かれていて、素晴らしいと思いました。歴史は繰り返し、人の尊厳を踏みにじる戦争がウクライナで起きている今こそ、読んでほしい1冊です。
「医食同源」をもじって「医笑同源」。薬剤師であり落語家でもある著者は、「笑い」は食と同じくらい大切で、心身を健やかにすると考えています。普段から服薬を余儀なくされている私にとって、笑いという薬には副作用がないことが一番魅力的に感じましたし、ストレス解消には泣くことも大事だと聞きますが、「最高の笑いは涙が出るほど笑うこと」という言葉に、思わず唸ってしまうほど納得しました。
竹内一起(たけうち・かずき)
1972年、長野県生まれ。書籍を扱う印刷会社で営業を担当後、福祉業界へ。埼玉県川口市の就労支援サービス事業所に勤めているときに〈本と福祉〉の親和性を感じ、2018年にTETETARITO株式会社を設立。同年9月、日本初となる就労継続支援B型事業所の新刊書店「本屋さん ててたりと」オープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋