ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのかをお届けしてきました当連載は、今回が最終回です。


【連載47】
“街の小さな本屋さん”が、ブームで終わらないために
BOOKSHOP TRAVELLER(東京・下北沢)和氣正幸さん

「若い人は本を読まない」なんてウソ
小劇場や古着屋が数多く立ちならび、かつてはサブカルチャー色の強かった下北沢。そんなシモキタが駅周辺の大開発を経て、新たな街へと生まれかわり、にぎわいを見せています。活気あふれるこの街に、和氣正幸さんが本屋のアンテナショップ「BOOKSHOP TRAVELLER(ブックショップ トラベラー)」をオープンしたのは2018年8月のこと。これまでに300店以上もの本屋を見てきた和氣さんに、自身のお店や本屋のこれからについて聞きました。
── 今年3月にオープンした「PASSAGE by ALL REVIEWS(パサージュ バイ オールレビューズ)」(東京・神保町)が話題になっていますが、こちらは4年前から〈棚貸し〉の本屋さんです。このスタイルにしようと思った、そもそものきっかけはなんですか?
2017年にオープンした「みつばち古書部」(大阪・文の里)と、その運営をしている「居留守文庫」の店主・岸昆きしこんさんに出会ったことが大きいですね。岸さんはもともと演劇の世界にいた人で、居留守文庫ではセットの土台や踏み台として使う“箱馬”と呼ばれる木箱を本棚として使っていました。それがとてもいいなと思って、居留守文庫の〈木箱〉、みつばち古書店の〈棚貸し〉を参考にして、僕は木箱一箱ごとに店主のいるスタイルにしたわけです。8店でスタートした一箱店主は、今では約100店になりました。

── 以前は棚貸し=古本のイメージでしたが、新刊を仕入れはじめたのは和氣さんが最初ですか?
棚貸しから新刊をはじめたのは、おそらく僕が最初だと思います。いま新刊と古本の割合は、店全体で半々くらいかな。ひと口に棚貸しと言っても、棚貸しメインの本屋と新刊書店が棚貸しをしている場合の2パターンがありますが、棚貸し本屋の運営と新刊の仕入れは、必要なスキルが真逆なんですよ。運営に求められるのはコミュニティを醸成する力で、新刊の仕入れにはある種、職人的な技量がいる。街づくりの文脈でコミュニティを形成しつつ新刊も入れるようなこの形は難しいですがやりがいがあります。棚貸し本屋の数が増えたのは2019年に「ブックマンション」が吉祥寺にできてからですね。

── 平日なのに、通りには若い人がたくさんいます。お客さんもやはり若い人が多いのでしょうか。
圧倒的に10代後半から20代が多いですね。ふだん本を読まないという20代前半の人から「おすすめの本ありますか?」と聞かれるのが、すごくうれしくて……。若い人は本を読まないと言われますが、そんなことありません。古着やサブカルが好きでシモキタに来ている人だからかもしれませんが、この店にいると本を求める若い人がたくさんいることを実感します。似たような意見しか流れてこないSNSやスマホの縦スクロールに疲れた人には、ぜひ本屋に来てほしいと思います。

うちは外階段を3階まで上がってこなくちゃいけないけれど、近所に住んでいる年配の方にもこの店の存在が少しずつ認知されてきました。店内はギャラリーの奥に読み物の部屋、アートの部屋、絵本の部屋、そして僕の部屋と大きく4つに分かれているのですが、わざわざ絵本を見にきてくださる方もいて、本当にありがたい。それにお客さんだった高齢の女性が、一箱店主になってくれたことありました。

メンバー同士のコラボも〈棚貸し〉ならでは
── お客さんから一箱店主に。縁がつながっていきますね。
本当にそう。縁といえば、一箱店主にはいろんな人が集まっているので、メンバー同士で新しいなにかが生まれることもありますし、今年は店を離れたところでコラボがありました。音楽家で製本家で小説家でもある〈紙とゆびさき〉こと、利根川風太さんが店に来たとき、「星の王子さま」をオマージュした演劇の台本を、登場人物ごとに装丁を変えて製本するという話を聞いて、ピンときたんです。文学や歌詞を香りに翻訳する〈アロマ書房〉さんとつなげたら、面白いかも……と。僕は紹介しただけですが、「星の王子さま」をイメージした香りが舞台の物販で販売できることになって、とても好評だったそうです。その後、演劇をイメージした香りも作成されました。

BOOKSHOP TRAVELLER提供

店ではメンバーの作家さんたちによる豆本ワークショップやシルクスクリーンの実演など小さな文化祭のような催しをすることもありますし、今年の9月からは月に1回「BOOKSHOP NIGHT」を開催しています。このイベントの入場券はランタンで、真っ暗な店内をランタンの灯りだけを頼りに本を探したり、アコースティックライブを聴いたり。人がいても自分だけの本の世界に没入できるし、闇とほのかな灯り、それに香りや静かなギターの音色に包まれてヒーリング効果も抜群です。僕は新しいことをするのが好きなので、これからもメンバーと一緒に面白いことをやっていけたらと思っています。
── 次にはじめる新しいことはなんですか?
「随筆復興」を唱えている『モヤモヤの日々』(晶文社)の著者・宮崎智之さんの「過去と現在をつなぐ日本の随筆フェア」(2022年11月12日~12月11日)をやります。すでに名のある人のエッセイしか出版社は出したがらないけれど、日本には有名じゃなくても面白いエッセイを書く人がたくさんいる。エッセイだけでもやっていけるよ、という流れを作りたいということでフェアをするのですが、スマホに疲れたときや寝る前など、短い時間に楽しめるエッセイは僕も好きなので、今回の〈おすすめ本〉にもエッセイを選びました。

年々増加する独立書店。2021年の開業は78店
── 和氣さんは2010年からずっと日本各地の本屋を見てこられましたが、本屋を取り巻く環境や本屋自体にどのような変化を感じますか?
ひと言でいえば、自由になったんじゃないでしょうか。本屋をやる人だけでなく、お客さんも「本屋ってこういうもんだよね」という意識的な縛りがゆるくなったと思います。土日だけ、3時間だけの営業でも、誰でも本屋と名乗れるようになった。加えて、いまは本屋になるための情報も簡単に手に入りますし、講座や棚貸しを通して仲間を作りやすくなったのも、独立書店の開業が増えている理由だと思います。
僕が把握しているだけでも2015年6店、2016年6店、2017年17店、2018年15店、2019年25店、2020年35店で、2021年には78店と前年の2倍以上に増えました。これまで独立書店を追った客観的なデータがなかったので、今年からBOOKSHOP LOVERのサイトで「独立書店開業リスト」の掲載をはじめたのですが、7〜9月だけでも18店も新規オープンしています。

── 既存の大型書店などが減っていくなかで、独立書店が増えるのはうれしいことですが、本屋の未来はどうなっていくと思いますか?
まず大手取次がどうなるかが大きな問題としてありますが、小売りの本屋に絞っていうと、一気に増えた独立書店のなかには2〜3年したときに、「やることが多いわりに儲からないし、なんのためにやってるんだろう」という気持ちになる人が出てくると思うんです。そんなときに相談できる人がいて、「まぁ、しんどいけど楽しいよ」と言いあえる、心の支えになる場というか、ゆるい連帯が作れたら……。どういう形がいいのかは模索中ですが、それが実現できれば、独立書店はブームで終わらないと思います。
荻窪の「Title(タイトル)」からはじまったこの連載は、好きが高じて本屋ライターになり、本屋を紹介する本屋まで開いた和氣さんのBOOKSHOP TRAVELLERで最終回です。
これまで紹介してきた本屋さんは、規模や品揃え、仕入れ方法に営業スタイル、そして何より店主のみなさんが実に多彩で、ひとつとして同じような店はありませんでした。
成長の早いスギだけ、ヒノキだけを植えた森よりも、大きくなるのに時間はかかるものの、地中深くに根を張るブナやケヤキが共存する、多様性のある森のほうが災害にも強い。本屋さんも個性的な独立書店が増えたことで多様性が生まれ、デジタルネイティブの若者をも惹きつけるほど、より強く、輝きを増したように感じます。
小さな本屋さんが、それぞれの街に根づいていきますように。
これまで取材させていただいたみなさま、ありがとうございました!


BOOKSHOP TRAVELLER 和氣さんのおすすめ本

『グッド・フライト、グッド・ナイト』マーク・ヴァンホーナッカー著(早川書房)
上空からオーロラがどう見えるかや、時差ボケの感覚、何度も太陽を越えるために”デイタイム”という感覚が一般の人と違うことなどが綴られたこのエッセイは、ブリティッシュエアウェイズの機長の手によるもの。自分とはまったく違う世界のことだから没入しすぎることもなく、読後感も心地よい。タイトルに「グッドナイト」とあるように、寝る前の読書にぴったりの1冊です。

『翻訳はめぐる』金原瑞人著(春陽堂書店)
翻訳家であり大学教員でもある著者が、言葉と文字の当たり前や思い込みを問い直すエッセイ集。幕末から明治にかけて混乱していた日本語表記の話や、かつて横書きの言葉を右から読んでいた理由、それに翻訳者が言葉をどう捉えているかがわかって面白い。取りあげている名言や本もとても興味深いので、海外文学をあまり読まない人にもおすすめです。

BOOKSHOP TRAVELLER
住所:155-0031 東京都世田谷区北沢2丁目30-11 北澤ビル3F 奥
営業時間:12:00-19:00
営業日:月・火・金曜~日曜
https://traveller.bookshop-lover.com

プロフィール
和氣正幸(わき・まさゆき)
1985年、東京都生まれ。2010年よりサラリーマンをしながらインデペンデントな本屋をレポートするブログ「本と私の世界」を開設。独立後は「本屋をもっと楽しむポータルサイト BOOKSHOP LOVER」の運営を中心に本屋ライターとして活動し、”本屋入門”などのイベントも開催。2018年8月に本屋のアンテナショップ「BOOKSHOP TRAVELLER」オープンし、現在の場所には2020年7月に移転。著書に『東京 わざわざ行きたい街の本屋さん』(G.B.)、『日本の小さな本屋さん』(エクスナレッジ)、『続 日本の小さな本屋さん』(エクスナレッジ)など。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
最終回を迎えるにあたり、4年の間に当連載にかかわってくださいましたすべて
の方へ、心より御礼申し上げます。
お店を訪ねる度、本を大事に店頭に並べてくださる姿に、出版社として襟を正
す思いがしました。
ネット通販にはネット通販の良さがあり、一方で、本屋さんという、1冊の本に
新たな命が吹き込まれる場を無くしたくないと強く感じました。
今、外にいらっしゃる方は、帰りに本屋さんに寄って、前から気になっていた
本や普段気に留めないような本を1冊、手に取ってみませんか。
今、室内にいらっしゃる方は、次に出かける際、本屋さんを見かけたら立ち
寄ってみませんか。
そこから新たな出会いが始まるかもしれません。
春陽堂書店は、すべての本屋さん、そして本を、本屋さんを愛するすべての方
を心より応援しています。
ご覧いただき、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう!
(春陽堂書店編集部)