ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。
【連載41】
人と植物が仲良くなる、きっかけになる本を
植物の本屋 草舟あんとす号(東京・小平)宮岡 絵里さん
はじまりは『秘密の花園』との出合いから
小平市小川町の住宅地を歩いていると、突如現れる緑の一角。「Holy garden(ホーリーガーデン)」と名づけられたその場所に、花屋さんと焼き菓子屋さん、そして本屋さんという異業種でありながら、同じ世界観の3軒が店を連ねています。敷地に入ってすぐ、いちばん手前にある小さな建物が「植物の本屋 草舟あんとす号」。元庭師で植物をこよなく愛する店主・宮岡絵里さんが2017年4月にオープンしたこの店は、植物にまつわるさまざまな本を集めた本屋さんです。
── 宮岡さんが本屋さんになろうと思ったきっかけはなんですか?
もともと植物が好きで、ハーブガーデンで庭の手入れや訪れた人を案内する仕事をしていました。体力的にハードでこのまま続けるのは難しいと考えはじめた頃、フランシス・ホジソン・バーネットの『秘密の花園』に出合いました。その本には植物と人間の関係性が、私が大事だと思える形で描かれていて、こういう本を剪定や種まきの仕方など技術的な本と一緒に紹介できたら素敵だなと空想をかき立てられて、植物に関する本屋さんをやってみたいという気持ちが急に芽生えました。
── 『秘密の花園』との出合いはいつ頃のことでしょう。
たしか2010年だったと思います。それから本屋を始めるには取次との契約に保証金が必要だということを知り、すぐに店を持つことは無理だと思って……。それでハーブガーデンを辞めたあと、まずは花を原料にしたエッセンスを飲んでストレスなどを和らげるフラワーレメディの調合とタロット占いをメインの仕事としながら、西荻窪の新刊書店「ナワ・プラサード」でアルバイトをはじめました。私が担当したのは店番や通販の対応などが中心でしたが、店主の高橋ゆりこさんとお話しているうちに、神田村や直取引で仕入れる方法があること、そして八木書店さんや「子どもの文化普及協会」さんの存在を知ったことが、この店の仕入れの基本になっています。
── 本屋さんのお店の名前に「号」がついているのはめずらしいですね。
オープン直前にTitleの店主・辻山良雄さんの『本屋、はじめました』(苦楽堂)を読んで、こういう本がまとめられるということは、日々きちんと事細かに営業日誌を記録されているのだろうなと思って、それがまるで航海日誌のようだと感じたんです。ここの住所は小川町で、始めようとしているのは植物を専門とする小さな本屋。Titleさんが船だとしたら、うちは小川に浮かぶ小さな草舟だなと思って(笑)。それにギリシャ語の「花」を意味する〈Anthos〉をひらがなにして、「草舟あんとす号」にしました。
3店舗合同でイベントも開催
── この場所にお店を構えることになったのは、どうしてですか?
タロットとフラワーレメディの活動を通して知り合った「コトリ花店」さんが、この場所が空いたときに声をかけてくださったんです。ここなら本屋をしながら、いままでやっていたタロットとフラワーレメディもできるし、知り合いのコトリ花店さんも同じ敷地内。それに同じ時期にスタートする隣の焼き菓子屋「コナフェ」さんとも助け合えるので、たった一人で知らない街で始めるという感じではなく、とても心強く感じました。
── 花屋さんと焼き菓子屋さんと本屋さん。別々の業種ですが、世界観が似ていますね。
そうなんです。コトリ花店さんは作家さんの展示を定期的にされていますし、花屋さんと作家さんを愛する人たちが、帰りに寄ってくださることもあります。以前は3店舗で一緒にライブなどのイベントや年に2回パンフェアを開催するのが恒例になっていました。去年はコロナの影響でできませんでしたが、今年は6月に向かいの「ギャラリー青らんぎ」さんのスペースを借りてパンフェアを開催。13軒のパン屋さんやスパイス屋さんが集まって大盛況だったんですよ。10月も開催したかったけれど、やるかどうかの判断をしなければならない8月時点で先が見えなかったので、残念ながら見送りました。来年は2回開催したいですね。
本屋だとわかったとたん、素通りする人もいる
── 植物に関する本といっても幅広くありますが、選書するときのポイントを教えてください。
店には園芸、植物学、物語、絵本からボタニカルアートまで新刊を中心にいろいろ揃えていますが、農家の人が求めるような深すぎる本や専門的すぎる本に偏らないよう心がけています。私個人としては、根っこの詳細を解説した8万円ほどする図鑑に心惹かれることもありますが、おそらく買ってくれる人はいないでしょう。だから童話作家の安房直子さんの作品に登場する花や木を紹介している『安房直子の花手帖』(ネムリ堂)のような、植物と仲良くなるきっかけを与えてくれそうな本を中心にセレクトしています。
── 念願の本屋さんになって、気づいたことはなんですか?
私は本が好きだから本屋を見つけたら入ってみるのですが、本屋だとわかったとたん素通りする人が結構いることを、本屋になって初めて知りました。花屋さんやお菓子屋さんは人々の日常に密接に結びついているものだけど、本屋はそうじゃない。時代のせいもあるかもしれませんが、本が喜ばれるのはどういうときか、贈り物として選ばれるにはどんな工夫が必要か。インドの出版社タラブックスの『夜の木』(タムラ堂)のような、希少性が高くて見ても触っても楽しいという本を厳選して打ち出すことも大事かなと考えたり……。本と植物の魅力をどう伝えるか、オープンしてから4年経ったいまも模索する毎日です。
つりがね型をした青紫色の花がうつむいて咲くブルーベル。それにキンモクセイやジャスミンなど、香りでアピールしてくる植物が好きだという宮岡さんは、スペースの関係で在庫を置けないことから、お客さんの顔を思い浮かべ、本のサイクルを見極めて仕入れているそうです。1冊1冊を厳選して仕入れ、それを売るスタイルは、まるで生花を扱う花屋さんのよう。古来、人は植物を衣食住に活用し、時にはその姿を愛でてともに生きてきた。この小さな本屋さんは、そんな当たり前で大事なことに気づかせてくれます。
植物の本屋 草舟あんとす号 宮岡さんのおすすめ本
かつて魔力や薬効があるハーブを操る人たちは魔女として人々に畏れられていたわけですが、この本は古代のエジプト、インド、ギリシャや中世の修道院などを源流とした植物伝承を歴史や物語を交え、図版とともに紹介しています。実際の医療にも使われた魔女の庭の魔法のひみつをぜひ本を開いて見てください。
製本の仕方やエンボス加工、そして大正時代に刊行された当時の書体にまでこだわりつくした美装復刻本。手にすると、書物に宿る魔法が百年以上の時を超えて、さらに強くなっていることをひしひしと感じます。ここに収められた怪しくも美しい水島爾保布の装画は二十点余り。ギフトにもおすすめです。
住所:187-0032 東京都小平市小川町2-2051
電話:080-1330-5452
営業時間:12:00~18:00(当面の間、短縮営業13:00〜17:00)
定休日:水曜・木曜
https://kusafune-anthos.shop-pro.jp
宮岡絵里(みやおか・えり)
埼玉県生まれ。ハーブガーデンで庭師として勤めているときにフランシス・ホジソン・バーネットの『秘密の花園』に出合ったことで、植物と人間の関係性を大事にする本屋を開きたいという気持ちが芽生える。その後、フラワーレメディとタロットを主な仕事としながら、新刊書店でアルバイトをする期間を経て、2017年4月に「植物の本屋 草舟あんとす号」オープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋