ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載42】
「生きる喜び」を実感する、子どものための本屋という仕事
くわのみ書房(千葉・習志野)那須庸仁さん

「子ども文庫」から絵本・児童書の本屋へ

絵本と児童書の専門書店「くわのみ書房」は、店主の那須庸仁さんが医薬品関係の出版社を定年退職後、2016年4月にオープンした新刊書店です。サラリーマン時代は専門書の編集制作に携わり、また記者として医師や厚生労働省の行政担当者などを取材してきた那須さんが第二の人生として選んだのは、子どもたちに向きあう本屋という仕事。50歳のときに本屋になることを決め、夢を実現させた那須さんにお話をうかがいます。
── どうして絵本と児童書の専門書店にしたのですか?
「子ども文庫」ってご存じでしょうか。 子どものための私設図書館のことで、自宅を開放しておこなう場合は「家庭文庫」、公民館などを借りて活動するのを「地域文庫」といったりするのですが、それらを総称して子ども文庫と呼ばれています。妻の祖母がむかし「せばやし子ども文庫」という家庭文庫を高知県の自宅でやっていて、そのおばあちゃんから、絵本が段ボールでドドッと送られてきたことがありました。そんなわけで、絵本や児童書はうちの家族にとって馴染みのある分野だし、僕自身も前から興味があったので、絵本と児童書を専門に扱うことにしました。
── 本屋になることを決めてから60歳の定年まで、どのような準備をしましたか?
少しずつ開店資金を貯めつつ、休みの日にはいろんな本屋さんへ行きましたね。なかでも影響を受けたのは千葉市で40年以上やっている「こどもの本の広場 会留府えるふ」です。店を始める前に、会留府が開催する絵本の会に参加させていただいて、参加者のなかで50過ぎのおじさんは僕くらい。何か魂胆があると思われたのか、店主の阿部裕子さんに「あなた絵本を出したいの?」って聞かれましたね(苦笑)。実は絵本屋をやりたいのだと打ち明けて、それから仕入れ先など相談に乗ってもらうようになり、絵本屋仲間の集まりにも連れていってもらいました。阿部さんは僕の師匠だと勝手に思っています。

── 「お師匠」さんからのアドバイスで、とくに印象的だったことはありますか?。
選書が大事だということですね。でも正直にいうと、最初はピンと来なかったんです。本を選ぶことはもちろん大事だと思っていたけれど、どれほど大事なのかという具体的なイメージが湧いてきませんでした。店を構えてからですね、阿部さんの言葉がようやく腑に落ちたのは。実際、面白いと思う本屋さんは、置いている本が面白い。どういう本が並んでいるかは、その本屋の存在意義を表していると思います。いかに選書が大事かを痛感する毎日です。
「売れ筋の本」は置かない
── この店ならではの、選書の特徴やこだわりをお聞かせください。
いわゆる「売れ筋の本」を置いていないことでしょうか。大きな書店の児童書コーナーで最初に目につくような絵本、また、テレビアニメ化されて流行っているキャラクターの本はまずありません。それに、オランダの絵本作家、ディック・ブルーナの「うさこちゃん」は扱うけど、「ミッフィー」は置かないというのもこだわりでしょうか。ミッフィーはイギリスの出版社でつけられた名前といわれていますが、オランダで書かれたオリジナルにより近いものを子どもたちに届けたいと考えています。店には自分が本当に良いと思える本だけを置こうと努めています。
では、良い本とは何なのか。とても難しい問題ですが、長く読まれている本には心に訴えるものがたくさんあると思うんです。だから、基本的に昔からあるロングセラーを中心とした良い本、そして新しくておすすめしたくなるような本をバランスよく紹介したいと考えています。

── この場所に店を構えようと思ったのは、近くに小学校や幼稚園があるからですか?
不動産屋さんから出してもらった候補のひとつがたまたま小学校と幼稚園の近くだったというだけですが、この辺りは子どもの人口割合が高いのに、子どものための本屋はありませんでした。また、店をオープンしたあと、2019年11月に「プラッツ習志野」という図書館や公民館などを集めた市の複合施設ができました。実は、この施設ができる前から、地域の住民活動がいっそう活性化され、うちも地域のお祭りなどに参加するようになりました。売上に直結するかというとそうでもないけれど、さまざまな活動をしている地元の人たちと出会うことになり、とてもよい経験を重ねています。

習志野は「地域文庫」の活動もさかん
── 街の人とつながりができたことで、お店に何か変化はありましたか?
オリジナルトートバッグや店の案内ハガキも、地域の活動を通じて知り合った人が作ってくれました。それに習志野は地域文庫の活動がさかんで、僕が把握しているだけで13ものグループがあるんですよ。そういう人たちが市内の小学校や幼稚園などに出かけていってお話し会を開催しています。うちでも絵本の読み聞かせ活動をしているユニット「えほんの木」にお願いして、選書コーナーを設けています。最初から狙っていたわけではないけれど、結果的にいい環境の場所に店を構えることができたと思います。

── オープンから5年経ちましたが、本屋という仕事を振り返ってみてどうですか?
めちゃくちゃ楽しいですね。大げさに聞こえるかもしれませんが、「生きる喜び」とでも言うのかな。サラリーマン時代は日々「偉い人」たちに会って、さも世の中が分かっているような気になっていましたが、自分が好きなこと、本当に楽しいと思えることをしながら生きるほうがより大きな喜びがある。本屋を始めてから、地域の中で普通に生活すること、普通に生きることの面白さにあらためて気づきました。60歳からスタートした店ですし、10年続けられればいいかなと思っていましたが、自分ひとりなので何も気負うことはない。いまはゴールを決めず、できるところまで頑張ってみようかなと思っています。


群馬県出身のご両親からかいこや絹織物の話を聞いて育ったという那須さん。蚕のエサは桑。そして開店前に偕成社の『マルベリーボーイズ』を読んで、マルベリーは桑の実のことだと知ったことから「くわのみ書房」と名づけたそうです。本の仕入れや販売、それにコーヒーを出すのもすべて那須さん1人ですが、子ども用の椅子を見つけてきたのは奥さんで、窓に飾られたカラフルなフラッグは娘さんの手編み。ここに集められた絵本や児童書は、あたたかな家族の思いに包まれながら子どもたちに読まれるのを待っています。


くわのみ書房 那須さんのおすすめ本

『スーホの白い馬』大塚勇三作、赤羽末吉絵(福音館書店)
壮大な風景描写や映画のような場面展開、そして白い馬を大事そうに抱くスーホの手。実際にモンゴルで見聞きしたことをベースに描いたという赤羽末吉の絵を見ていると、子どもたちに嘘を伝えちゃいけないということを深く考えさせられます。これぞ絵本のスタンダード、絵本の良し悪しを判断するときの基準となる1冊です。

『おなじ星をみあげて』ジャック・ゴールドステイン著、辻仁成訳(春陽堂書店)
フランス語圏の漫画「バンド・デシネ」の形式で描かれたこの本は、天文学に興味があるユダヤ人の男の子とアラブ系の女の子が出会い、親の考えで引き離されてしまうけれど大人になって再び出会う、という希望のある話。人種問題がテーマとして取り上げているところは現代的であり、物語自体もすばらしく、おすすめです。

くわのみ書房
住所:275-0011千葉県習志野市大久保1-8-10
電話:047-419-3567
営業時間:11:00~18:00
定休日:日曜・月曜
http://mulberrybookstore.blogspot.com

プロフィール
那須庸仁(なす・つねひと)
1955年、東京都生まれ。医薬品関係の出版社で本の編集制作や取材記者を務めていた50歳のときに第二の人生として本屋になることを決意。絵本や児童書に造詣が深い家族や親類の影響もあり、定年退職後の2016年4月、絵本と児童書の新刊書店「くわのみ書房」オープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。