ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載1】
丁寧に生きることの大切さを伝えたい
Title(東京・荻窪) 辻山良雄さん


木のぬくもりを感じるノスタルジックな店内
ブルーのファサードと緑青(ろくしょう)のついた銅板の外壁が印象的な「Title(タイトル)」は、2016年1月、JR中央本線・荻窪駅北口より青梅街道を西へ徒歩10分、八丁交差点近くにオープンしました。築70年の古民家を改装。当時の梁(はり)や柱をそのまま生かした店内はノスタルジックな雰囲気に包まれていて、一歩足を踏み入れただけで時間の流れが変わる気がします。1階は書店とカフェ、2階はギャラリーで、昔ながらの階段がまた郷愁を誘います。不定期で著者を招いたトークショーなども行われているTitle店主の辻山良雄さんにお話をうかがいました。

── 独立して書店をオープンされたきっかけをお聞かせください。

大人になると、ふと立ち止まり「生き方を考えるとき」ってありますよね。母親が亡くなったことや前職・リブロ池袋本店の閉店(2015年7月)など自分にとって大きな出来事が、ある時期に重なって、これからのことを改めて考える機会がありました。本は好きで、本の世界に身を置いていたいけど、会社員だとこの先、自分の意思とは違うことをしないといけないかもしれない。考えた結果、自分らしく生きていくには、自分で選んだ本を並べる場所を、自分で作るのが1番いいのではないかと思ったんです。
── なぜ、荻窪に出店されたのですか?
決め手はこの建物との出合いでしたが、もともと荻窪、吉祥寺、三鷹のエリアは好きでした。店を出すと1日中そこにいるわけですから、やっぱり自分の好きな街がいいですよね。人が集まる都心で、パリッとした恰好をして……というのは、何か違う気がしていて。無理して始めても、そのうちしんどくなるじゃないですか。昔から中央線沿線は本に理解のある人が多いですし、この辺りには作家や編集者、デザイナーなど本にかかわる仕事をされている方もたくさんいらっしゃるので、ここにしてよかったなと。

「よりよく生きる」ため深く考えられる本を

── 「Title」(タイトル)という店名の由来は?
本に関する名前がいいなとだけ考えていて、実はあまり深い意味はありません。お店って続けていくうちに自然とイメージがついてくると思うんです。日々紹介している本やイベントなどを通して、お客さんがどんな店だと感じるか。時間が経ち、この店のイメージが確立されたそのときに、名前が邪魔しないほうがいい。名前は器みたいなものだから、できるだけシンプルに、覚えやすい簡単なものにしようと考えて、「Title」にしました。
── こちらには、どのようなジャンルの本が多いのでしょう。
どのジャンルも万遍なく置いていますが、たとえば文学であれば、いわゆるエンターテインメントというよりは詩や外国文学などが多いでしょうか。人文哲学やアート系の本を手に取る方もたくさんいらっしゃいますし、絵本もあります。実は、学生時代に児童書の出版社でアルバイトをしていたこともありまして。子どもから大人まで幅広い層に読んでいただけるさまざまなジャンルの本がありますが、中でも「よりよく生きていく」ために考えさせられるものやロングセラーが多いかもしれません。
── 辻山さんが好きな作家やジャンルを教えてください。
以前は外国文学が好きで、本のおもしろさに目覚めたのも受験生の頃、通学電車の中で読んだサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』がきっかけでした。外国の地名や文化など、知らない言葉がどんどん出てきて、何だかかっこよくて。今は文学を中心として人文、社会で起こっていることや芸術的なものに興味があります。あとは「生活哲学」というとまとめすぎかもしれませんが、映画『人生フルーツ』(伏原健之監督)のような、生きている中、手を動かす中での哲学というか考え方も好きです。

ここでしかできない「体験」を用意する

── これからの街の本屋の役割は、何だと思いますか?
利便性という意味では、ネット通販と勝負できるわけがありません。個人店も大型店も同様ですが、これからの書店は「体験」が重要なポイントになってくると思います。わざわざ足を運ぶ価値のある体験を用意できるかどうか。知らなかった本と出合う、お茶を飲む、絵や写真を見る、著者の話を聞く。体験できる心地よいスペースと時間を提供することが大事でしょうね。あと、「この人がすすめるなら読んでみたい」とお客さんに思っていただけるよう信頼関係を築くことも忘れてはいけないことだと思います。
── 新たな取り組みなどあれば、教えてください。
うちは「これをやろう!」と最初に決めるのではなく、イベントや展示を通して人やアイデアに出合い、次にやりたいことが見つかっていくパターンが多いです。たとえば、今年で3回目となったエキシビション「ことばの生まれる景色」は、私が10数冊の本とその中の一節をセレクトしてキャプションを書き、画家のnakaban(なかばん)さんに場面をイメージして絵を描いてもらいましたが、この企画がきっかけで、この秋「ことばの生まれる景色」の本を出すことになりました。店はブレない大枠として場所を提供し続け、その中で生まれることを丁寧に育てていけたらなと思います。

お休みの日は展示会や美術館に出かけるという辻山さん。街歩きも好きで、時間があれば地方や海外にも足を運ぶそうです。広げた見聞は本を紹介するときや店内のイベントにも結びつきますね。心が疲れたときや自分を見つめ直すきっかけを探している人は、辻山さんに選書をお願いしてみてはいかがでしょうか?


Title辻山さんのおすすめ本

『自分の仕事をつくる』西村佳哲(筑摩書房)
「仕事はやらされるものじゃなくて、自分で考え自分で作っていくもの」。柳宗理、ヨーガン・レールなど、さまざまな働き方をしている人に著者がインタビューして働き方についての考えをまとめています。約15年前に書かれたものですが、本質的な考え方で普遍的な内容だから、いつ読んでも発見があります。
『こころザワつく放哉』春陽堂書店編集部編(春陽堂書店)
孤独と放浪の俳人・尾崎放哉は「咳をしても一人」の句が有名ですが、孤独の中にも自嘲ともいえるユーモアがあって、どん底の状況でもクスリと笑える人間味が魅力です。放哉の代表句とともに、放哉が書いた随筆や書簡も入っているので、放哉初心者でも手に取りやすい1冊です。

Title(タイトル)
住所:〒167-0034 東京都杉並区桃井1-5-2
TEL:03‐6884‐2894
営業時間:12:00 – 21:00
定休日:毎週水曜・第三火曜
http://www.title-books.com/

プロフィール
辻山 良雄(つじやま・よしお)
1972年、兵庫県生まれ。書店リブロを退社後、2016年1月、荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店Titleをオープン。新聞や雑誌などの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手掛ける。著書に『本屋、はじめました――新刊書店Title開業の記録』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)など。


写真 / 千羽聡史
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。