世界中の野生動物や自然の風景を追い求めてきた動物写真家・井村淳。なかでもアフリカでの撮影は26年にも及ぶ。彼は今年の4月に、ケニアへ39回目の撮影旅行を終えて帰国した。サバンナの雄大な風景と、そこに生きる野生動物の姿をとらえた撮りおろし作品を、旅のエピソードとともにおくる。

第5回 サバンナのチーター
 サバンナには、大型のネコ科の仲間が生息しています。それは、ライオン、ヒョウ、チーターの3種類で、「ビッグキャット」と言われています。
 僕が初めてサバンナを訪れたとき、勉強不足でチーターとヒョウの区別が全くつきませんでした。その生態も知らず、どんな特徴を持っているのかもわかりませんでした。さらに、「まだトラを見てない」と言ったら、「サバンナにトラはいないよ!」と笑われました。

獲物を物色中のチーター。

 僕は弱肉強食の世界を撮影したくて、アフリカのサバンナに憧れていました。大型のネコ科のうち、ライオンとヒョウは夜も活動しているので、明るい時間帯のサファリで狩りのシーンに出会うことはなかなかありません。未明に狩りをしたライオンが、獲物を食べている場面を早朝のサファリで見かける程度でした。僕は獲物を食べているところではなく、獲物を追いかけて捕まえる瞬間をずっと見てみたいと思っていました。
 大型ネコ科の中で、唯一夜に目が利かず、日の出と共に活動するチーターは、明るい時間帯であるサファリタイムに狩りを行います。お腹がペタンコの個体を見つけたら、しばらく密着していると狩の場面に会う可能性が高いです。僕は地上を全速で走るチーターの狩りを初めて見たときに、チーターに一目惚れしてしまいました。それ以来、チーターの狩りを狙い続けていますが、完璧に納得できるものはまだ撮れていません。
 チーターが地上最速のスピードがあると言っても、必ずしも狩りは成功しません。個体によって狩りが上手い下手がありますが、2回に1回程度失敗します。時には4時間以上かけて獲物をストーキングしたあげく、狩りに失敗なんてこともあります。撮影する側としては非常に残念ですが、失敗して悔しいような恥ずかしいようなチーターの表情がなかなかキュートで許せちゃいます。

チーターが全速力のときは、時速110キロにもなる。

 今回、親から別れて間もないチーターの兄弟に出会いました。なんと、オスばかり5頭です。かなり珍しい構成です。チーターは体の作りから、自分より大きな獲物はなかなか仕留められないと言われています。しかし、メスより体が大きく筋力も強いオスが5頭で協力すれば、大きな獲物を倒すこともできます。
 あるとき、兄弟5頭で歩いているところに遭遇したのでしばらく付いていくことにしました。一頭が少し小高い蟻塚(シロアリの巣)に登り、座り込んで遠くをじっと見つめていました。獲物を探しているのでしょう。しばらくすると、意を決したように立ち上がり歩き出しました。他の4頭もそのあとに続きます。どうやらトピというウシ科レイヨウの一種を狙っているようです。しばらく縦一列で歩いていたチーターは、合図があったかのように横に広がりだしました。トピがどちらに逃げても捕まえやすくするためだと思われます。歩くスピードを落とし草原の中で体を低くしながらトピとの距離を詰めていきます。

5頭の兄弟チーターがチームプレイで横に広がり始める。

 一番先頭のチーターが一瞬歩くのを止め、じっと獲物を見つめてから走り出し、一気に最高速度まで加速します。ようやく気がついたトピが逃げ出しました。300メートルほど追いかけて跳びかかり、弱点であるのど元に嚙みつくために首にしがみつきました。しかし、チーターよりもふた回りもでかい相手なので倒れません。数秒後に2頭目のチーターが背中に跳びかかりました。3頭目、4頭目とトピのお尻や首に跳びつき、5頭目がたどり着いた頃、ついにトピが横に倒れました。首に嚙みついたチーターは、トピが窒息死して動かなくなるまで離しません。しかし、他のチーターはその間にトピのお腹のやわらかいところから食べ始めていました。

兄弟5頭がかりでトピに襲いかかる

 チーターは狩りが成功しても喜んではいられません。ハイエナが来ると問答無用で獲物を横取りされてしまいます。ハイエナに気づかれる前に食べなければならないのです。食べている間も誰かが首をもたげて周囲をきょろきょろと見回します。
 チーターは高速で走れるように、体はスリムで顔も小さく進化したため、アゴの嚙む力が弱いことが玉に瑕です。それに対してハイエナは、世界の動物の中でも嚙む力ランキングで上位に入るほどのアゴの力を持っています。チーターがハイエナに歯向かったとしても、怪我をするのは目に見えています。せっかくチーターが狩りに成功しても、一口も食べない内にハイエナが奪っていくところを今までに何度か見かけています。
 ある日、生後3~4カ月の子どもを一頭連れた親子のチーターに出会いました。実はこのチーターの親子は1週間前までは子どもが4頭いたそうです。対岸に獲物が豊富だったのか、お母さんチーターは増水した川を渡ることを決意しました。普段から水を嫌うチーターですが、空腹に耐えられなかったのか、増水した激流を渡り始めました。それに付いていった子どもチーターたちはひとたまりもなく流れに飲み込まれ、3頭は流されてしまいました。辛うじて1頭が自力で岸に戻りました。その場面を他の車のドライバーが動画で撮影していて、僕にそれを見せてくれました。もちろん人間には子どもチーターを助けたりすることはできません。

対岸に渡ろうとしているチーターの親子。

 それから、1週間。その親子は増水した川岸にいました。対岸を見つめています。まさかとは思ったのですが、そのまさかです。
 お母さんチーターは川に飛び込みました。「何やってんだ! 信じられない!」と、僕とサミーは、ほぼ同時に天を仰ぎました。子どもチーターが渡れそうもない激流です。

まさかの激流へのダイブ。

かろうじて頭が出るほどの深さの川を渡りきる。

 激流の中、お母さんチーターの頭がかろうじて出るくらいの水深の川底を蹴り、ジャンプしながら対岸へ渡りました。しかし、子どもチーターは学習したようです。これは危険だと。
 賢い子どもチーターはこちら岸でお母さんを呼ぶように、何度も鳴き声を発しました。それに気がついたお母さんは、その激流を再び泳いで戻りました。なんとも無謀に感じられる行為ですが、チーターも生きるのに必死なのです。他の動物を狩らなければ生きていけません。そのためには、命をかけて川を渡ります。
 その数日後、川で見たチーターとは別の、子どもをたくさん育ててきたマライカと呼ばれている、人気のあるメスのチーターが川に流されて死んだという情報が入りました。僕もなんども撮影しているお気に入りのチーターなので、その知らせはあまりにもショックでした。今年の雨は多くのチーターの命を奪ったとサミーがつぶやきました。動物たちの生命に水は必要不可欠なものですが、時として動物たちに恐ろしい牙をむきます。

朝日を浴びながら蟻塚の上で獲物を物色中。

 次回は、サバンナのお土産事情についてお話しします。

動物写真家 井村 淳のケニア紀行【6】に続く
著書紹介

『流氷の天使』春陽堂書店
タテゴトアザラシの赤ちゃんが母親と一緒に過ごすのはたったの二週間。その短い間にぐんぐん大きくなり、大福のように愛らしく成長していく過程を追った写真集。

『あざらしたまご』春陽堂書店
生まれてから、母親がそっといなくなる2週間後までのあざらしの姿をおさめた写真集。あざらしの愛くるしい寝顔や行動、見守る母親の姿が満載。様々なあざらしの仲間を表現した卵絵や、あざらしの4コマ漫画も掲載。
この記事を書いた人
井村 淳(いむら・じゅん)
1971年、神奈川県生まれ。日本写真芸術専門学校卒業。風景写真家、竹内敏信氏の助手を経てフリーになる。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。チーター保護基金ジャパン(CCFJ)名誉会員。主な著書に『流氷の天使』(春陽堂書店)、『大地の鼓動 HEARTBEAT OF SVANNA——井村淳動物写真集』(出版芸術社)など。
井村 淳HP『J’s WORD』http://www.jun-imura.com/