会話がすすみ焼き立てのパンになってゆく

とつぜん脳裏にぱっと浮かんだパンがあって、あれあのときのあれがどうしても食べたいと思ったが、どういうパンだったのかおもいだせない。

くちにいれると焼きたてのあまいかおりがひろがったきがする。これからどうなるんだろうというかんじも。すこし揚げてあったようなきもする。まわりはさくさくして、なかはむっちりしている。でもどうしても思い出せない。じぶんで買ったパンでもなかったようなきがして、電話をかける。

思い出せるかぎりのパンの情報を電話ごしにあいてに与えるが、「どうしてわたしがあなたの過去のパンのことなんてしってるの?」という。「うーん、あなたが買ってきたようなきがするんだけど」「いつ?」「秋に」「秋のいつ?」「秋のはじまったころ」「いつはじまるの?」「思いがけずに」

「パンは無数にありますから」と言って電話がきれる。答えはじぶんのなかにある。それはわかってる。たれるようなチーズは入ってなかった。ぜつみょうな香りが広がるあんバターも入ってなかった。秋になったばかりだった。これなんのパンとなんどもききながら、たべた。ときどき窓のほうを見た。風はなかった。あったかかった。

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター