スポーツ文化評論家 玉木正之

2020年の東京オリンピックに向けて、スポーツを知的に楽しむために── 
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家の玉木正之さんが、文化としてのスポーツの魅力を解き明かす。
第14回では、競技ごとの時間の使い方を取り上げます。『巨人の星』と『キャプテン翼』の違いとは!?


『巨人の星』の星飛雄馬は、
どうして投球のときに目から炎を出せるのか?
 ひとむかし前の話になるが、1970年代アメリカのニクソン大統領とフォード大統領の時代に、大統領補佐官、国務長官として米中国交回復などの成果をあげたのはヘンリー・キッシンジャー氏だった。彼はドイツ生まれで、15歳のときに移住したこともあり、アメリカでは数少ない熱心なサッカー・ファンとして有名であった。
 日本代表が初めてサッカーのワールドカップに出場した1998年のフランス大会では、決勝戦の前夜にエッフェル塔前の広場でパヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスという「三大テノール」のコンサートが行われた。それを取材に行った小生の前の席にFIFA会長のアヴェランジェ氏がいて、その斜め前がフランスのシラク大統領、その少し横にキッシンジャー氏が座っていたのだ。
 残念ながらキッシンジャー氏とは(シラク大統領とも)話す機会はなかったが、アヴェランジェ会長には4年後のW杯が日韓共催となり、日本でも数多くの素晴らしい試合が見られるようになることを感謝する旨伝えておいた。
 それはともかく、サッカー・ファンのアメリカ人であるキッシンジャー氏は、70年代に彼なりのサッカー改革案を提唱していた。たとえば、ゴールを大きくして、得点を入れやすくする。そうすれば0対0の「スコアレス・ドロー(無得点引き分け試合)」という「退屈な試合」が激減し、10対9や8対7といった「興奮するゲーム」が増える、というのだ。
 また、現在の「前後半45分ハーフ制・合計90分」の試合を4分割にし、「20分クォーター制・合計80分」にする、というアイデアも唱えている。これは現在話題になっている「30分ハーフ制」と同様、インプレイ中だけ正確に時計を進めるというもので、「クォーター制」にすればテレビのコマーシャルも入れやすいという「営業上のメリット」もあった。
 が、キッシンジャー氏の主張は一顧だにされることなく、FIFAからは無視された。そのアイデアは、バスケットボールのように得点がたくさん入ったり、アメリカンフットボールのように時計が止まったり動いたりするもの。結果として、「アメリカ的なスポーツ」になってしまうことが嫌われたようだ。が、それ以上にヨーロッパのサッカー・ファンから「アメリカ的」だと無意識的に嫌われたのは、ゲームのなかに無闇に「ドラマ」が入り込むことだった。
 アメリカ生まれのボールゲームが、ヨーロッパ生まれのボールゲームと大きく異なる点は、「アメリカン・デモクラシーを反映していること」のほかに「試合の中断がやたらと多いこと」をあげることができる。
 本連載の第12回で、3時間以上の野球の試合も、ボールが動いているインプレイの時間は30分ほどだ、ということを書いた。が、アメリカンフットボールでも一度の攻撃ごとに攻撃チームがハドルを組んでクォーターバックの選手が作戦を伝えるため、試合は中断に次ぐ中断が繰り返される。バスケットボールもフリースローで中断することがある。加えて、アメリカ生まれのボールゲームにはすべて作戦タイムという中断も存在している。
 一方、サッカーやラグビーやホッケーには作戦タイムという中断など存在しない。ヨーロッパ生まれのボールゲームでは、できるだけ試合の流れを途切れさせないよう、試合を中断させないよう進められるのだ。
 このヨーロッパとアメリカの違いは、劇場文化の有無によるもの、とされている。ヨーロッパでスポーツが誕生・発展した頃には、すでに劇場文化も存在し、演劇やオペラが上演されていた。古代ギリシアでは、アイスキュロス、ソフォクレス、アリストファネスといった悲劇作家や喜劇作家が、数多く活躍していた。また、ラシーヌ、コルネイユ、モリエール、シェイクスピア、ボーマルシェ、モーツァルトなどをあげるまでもなく、ルネサンス以降のヨーロッパでも、演劇やオペラなどの上演が盛んだった。
 しかし、インディアンと呼ばれたアメリカの先住民との戦いや、開拓に明け暮れたアメリカ大陸の町や都市では、教会は建設されても劇場の建設にまでは手が回らなかった。そこでアメリカの人々は、ドラマの楽しみを広場さえあれば行うことのできる、スポーツのなかに求めるようになる。その結果、アメリカ生まれのスポーツには、ドラマ(演劇、芝居)のような「間(ま)=試合の中断」が多くなったというのだ。
 劇場でドラマをなかなか楽しむことのできなかったアメリカの人々は、ピッチャーが投球動作に入り投げるまでのあいだに、さまざまなことを思い浮かべることができる。あのピッチャーは最近調子が悪い。何かあったのか? 新聞によると恋人にフラれたそうだ。だったらその悔しさをぶつけろ! バッターは恋人に逃げられるようなピッチャーなんかに抑えられるなよ……。
 スポーツ映画は、ベースボールやアメリカンフットボール、バスケットボールやアイスホッケーなど、アメリカのスポーツがほとんどだ。それに較べてサッカーやラグビーを題材とした映画は少ない。ヨーロッパ生まれのボールゲームは、試合のなかにドラマを入れ込むことが難しいのだ。
 『巨人の星』の主人公の星飛雄馬は、ピッチャーマウンドで目の中にメラメラと炎を燃やし、「俺はオヤジに負けない!」などと叫びながら投球する。その時間、ドラマを演じる時間はタップリある。それに較べて、『キャプテン翼』の大空翼が、ボールをドリブルして走りながら「このゴールは、俺たちの友情の印だ!」といった台詞をいうのは、現実的とは言えない。それもアメリカ型の球戯とヨーロッパ型の球戯のあいだに、本質的な相違が存在しているのだから、仕方のないことといえるだろう。


この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com