スポーツ文化評論家 玉木正之

2020年の東京オリンピックに向けて、スポーツを知的に楽しむために── 
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家の玉木正之さんが、文化としてのスポーツの魅力を解き明かす。
第18回では、「スポーツ」という言葉の誕生と、その言葉が持つ本来の意味を探り、柔道を始めとした武道はスポーツなの? eスポーツは、スポーツなの? という疑問に答えます。


そもそもスポーツって、どういう意味?
 柔術は本来、戦場で武器(刀)を失ったときに、素手で相手と戦う技、すなわち「殺人技」にほかならない。たとえば柔術の大外刈りは、相手の襟首を摑んで引き付け、足を踏み出してもう一方の足を振りあげ、振りおろした踵(かかと)で相手のふくらはぎのすぐ下にある急所を蹴る。この急所(ツボ)は、指で押さえられるだけで激しい痛みを感じる場所で、そこを思い切り踵で蹴って相手を失神させ、後頭部から地面に叩きつけるのだ。
 そうして相手を気絶させる(殺す)のが柔術の大外刈りだが、明治時代になって柔術から柔道を創作した嘉納治五郎は、そのような「殺人技」から相手を傷つける部分を取り除き、踵でツボを蹴る(攻撃する)ことを禁止。足を使って相手の足を払い、背中から倒すとイッポン(一本)で勝利、というルール(規則)のゲーム(試合)に変更した。
 イギリスの民主主義社会(反暴力社会)のなかから生まれたボクシングやレスリング、フットボールと同様、立憲君主制の民主主義社会を目指した明治時代に、相手を傷つける技からその要素を、もちろん殺める要素も禁止・廃止して、技を競うゲームにしたのが柔道だ。それは、スポーツの一種にほかならないといえる。
 同様に、剣道、空手道、相撲道、合気道、弓道……など、武術をゲーム化した武道は、すべてスポーツの一種といえるだろう。
 が、武道家のなかには、武道がスポーツの一種と見なされるのを嫌う人が少なくないようだ。その気持ちは、わからないでもない。
 武道とは、武士道精神にのっとり心身を鍛錬するものであり、単なる「遊び」や「ゲーム」(すなわちスポーツ)と同類にしてほしくないというのが、武道家の皆さんの主張だろう。が、明治時代に新渡戸稲造(五千円札の肖像にもなった思想家、教育者)が、西洋人向けに英語で書いた名著『武士道』のなかに、次のような一節がある。
 「(武士道の)勇気にはスポーツ的な要素(sportive element)さえある。常人には深刻な事情も、勇者には遊戯に過ぎない。それ故昔の戦(いくさ)においては、相戦う者同士戯言のやりとりをしたり、歌合戦を始めたことも決して稀(まれ)ではない。合戦は蛮力の争いだけではなく、同時に知的の競技であった」(矢内原忠雄・訳/岩波文庫)
 武士道(武道)には、合戦(殺し合い)のなかにも遊戯の要素を含む知的の競技(スポーツ)が存在した、というのである。
 ならば、そこから合戦(殺し合い)という要素を捨象し、蛮力をゲーム化し、知的競技にしたものをスポーツとするなら、いっさいの蛮力(暴力)を否定したルールを持つ武道全般は、紛れもなくスポーツ競技の一種と断じて間違いないだろう。
 スポーツ(SPORTS)という言葉は、もともとラテン語のデポルターレ(DEPORTARE)から生まれた言葉で、それは「日常的な生活(労働)を離れた非日常の(遊びや祭りの)時空間」のことだった。その言葉が中世フランス語のディスポ―ル(DISPORT)となり、16世紀イギリスでスポート(SPORT)となり、その複数形としてのスポーツ(SPORTS)となったのだ。DIS という接頭語は、「~から離れる」という意味。PORTは「離れる場」で、のちに「港」を表すようになった。つまり、「日常の働く生活から離れること」がスポーツなのだ。
 そこで、このスポーツ本来の意味にのっとって、最近大いに話題になっているのが、e sports(イー・スポーツ)だ。
 eスポーツとはエレクトロニック・スポーツ(electronic sports)の略。つまり「電子機器を使ったスポーツ競技」のことで、早い話が対戦型のコンピューター・ゲームのこと。つまりコントローラーをカチャカチャカチャカチャ動かして、画面のなかの映像で相手と戦ったり、サッカーをやったりするものだ。
 それがはたしてスポーツと言えるのか!? と思う人は少なくないだろう。が、いま紹介したスポーツ(SPORTS)の語源、「日常的な生活を離れた非日常の時空間」という元々の意味から考えれば、eスポーツも立派なスポーツということができる。
 いや、eスポーツだけではない。2020年の東京オリンピックには、独自に実施するスポーツとして、野球・ソフトボール、空手、サーフィン、スケートボード、スポーツクライミングの5つの競技が選ばれた。また、ほかにもボウリング、チェス、競技ダンス(ダンススポーツ)、ビリヤード、ダーツ、コントラクトブリッジ(4人でテーブルを囲んで行うトランプ競技)なども、東京オリンピックの正式競技に立候補をしていた。
 「え! トランプ・ゲームやチェスがオリンピック競技になるの!?」と驚く人がいるかもしれないが、これらの競技は言葉の原義、元々の意味に照らし合わせても、スポーツと呼ばれるべきものだ。じっさいアジア競技大会では、ボウリング、競技ダンス、ビリヤード、コントラクトブリッジのほか、シャンチー(中国象棋)、囲碁なども、正式競技として実施されたことがある。
 だったら、eスポーツは……?
 コンピューター・ゲームの世界大会では、アメリカで賞金総額が20億円を超すイベントも開催されている。1万人を超す観衆が広々としたアリーナに押し寄せ、巨大スクリーンに映し出されるゲーマー(競技者)たちの動かす動画に興奮するイベントも、世界各地で続々開催されているという。また昨年千葉県幕張メッセで行われた国際大会では、国内での大会史上最高優勝金額100万ドルを記録した(約1億円。マラソン選手が日本新記録を出したときのボーナスと同じ金額です)。
 ゲームメーカーもビッグスポンサーになり、スポーツの若者離れを憂えるなかで、eスポーツ人気は急上昇……らしいが、貴方は、eスポーツ(コンピューター・ゲーム)を、スポーツと認めますか?


『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店) 玉木正之(著)
本のサイズ:四六判/並製
発行日:2020/2/28
ISBN:978-4-394-99001-7
価格:1,650 円(税込)

この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com