ポケットに春の手紙がはいってる

高いビルの真ん中あたりに入っている温浴施設に行ってみた。そこからは真下の巨大な春の庭園が見おろせる。

眼鏡をかけていないのでよくわからなかったが、二人の男女が木の下で正しく立っていて何かを誓い合っていた。あれは結婚式を挙げているんじゃないかなと思った。狐がもしひとになって結婚式を挙げたらあんな感じなのかなとも思った。狐はせいいっぱい想像する。ひとがいちばんしあわせなときのかたちを。

私はひとりだったし、裸だったし、誰にも聞くひとがいなく、でもなんだか後で誰かにわたしはひとのしあわせなかたちを見たようなきがしたことを報告しようと思った。

家に帰って手紙を書いた。思いがけず、さいきんかなり泣いたことを手紙に書いて、後はあんまり何もかけなかった。

郵便ポストまで歩いた。トレンチコートを着た女のひとが夜の街を何人か歩いていた。風がきもちいい。

春の夜の郵便ポストは思ったよりも赤くて、なんかの赤い手品じゃないかと思ってしまう。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター