おやすみもねむるもちがうかっこいい春

目黒のとんかつ屋さんにひとに連れられて入ったら、おおきな厨房がありえないくらいきらきらと明るく輝いていて、そのおおきな厨房をとりかこむように待っているお客さんたちがざーっと立っている、「狐たちがにんげんのとんかつ屋さんを想像してつくったらこんなかんじにきらきらした店かもしれないですね」と私はいっしょのひとに言った。

ぱっとみたらそのひともきらきらしていて、あなたも、といいそうになって、(きつねきつね)と私はおもった。あぶなかった。

こんなところでだれかとかくれてとんかつたべたい。清潔で、まめで、ゆめのようで、にんげんみんなねむっているようで、でもまぶしくて、どこかきつねで、ありえなくて、うちに帰ってどろだんごたくさん鞄にいれてそうで、いや葉っぱか、だまされているのかもしれないとおもいながら、おいしいとんかつをたべた。あとからあとからつぎたされる。光の中みんな働いている。

帰ったらすぐにみんなわすれてしまいますよ、といっしょにいたひとがいった。わたしはきゅうになんだかじぶんがすごく年をとっているように思った。

家に帰ってから、かっこいい夜だったなあ、と思った。ドアをしめるとき人間のいえのようにすごく重たく、ガシャンと鳴った。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター