「わしの死ぬときが来たのかもしれぬて。」老公は、深夜まで考え続けていた。
──定番のイメージとは一味違う「山岡黄門」
2023年4月刊行、山岡荘八『水戸黄門』のご紹介です。
『水戸黄門』
時は元禄、江戸では五代将軍綱吉の寵臣・老中柳沢吉保に権力が集中し、生類憐みの令で民衆が苦しむことすら将軍の耳に入らぬありさまであった。かつて将軍のご意見番として活躍した前の副将軍・水戸光圀は、すでに隠居し片田舎でひっそりと暮らしていた。ある日、隠居宅で捕えられた襲撃者の言葉に、水戸藩内に渦巻く陰謀、そして将軍家を危うくする企みを嗅ぎ取った光圀は、一計を案じ、身分を隠して助さん・格さんを供にふらりと旅に出るのだった。
歴史小説の雄・山岡荘八が繰り出す、おなじみのイメージとはまた違う切れ味鋭い「山岡黄門」の面白さ!
歴史小説の雄・山岡荘八が繰り出す、おなじみのイメージとはまた違う切れ味鋭い「山岡黄門」の面白さ!
┃著者紹介
山岡 荘八(やまおか・そうはち)
明治40(1907)年新潟県に生まれる。14歳で上京し、博文館印刷所に文選工として働く。長谷川伸に師事、山岡荘八の筆名を用いる。昭和25(1950)年より、北海道新聞に『徳川家康』を連載開始。昭和28(1953)年、単行本の刊行が始まり、ベストセラーとなる。『徳川家康』により、第2回吉川英治文学賞を受賞。以後、歴史小説を中心に創作する。昭和53(1978)年71歳で亡くなる。
山岡 荘八(やまおか・そうはち)
明治40(1907)年新潟県に生まれる。14歳で上京し、博文館印刷所に文選工として働く。長谷川伸に師事、山岡荘八の筆名を用いる。昭和25(1950)年より、北海道新聞に『徳川家康』を連載開始。昭和28(1953)年、単行本の刊行が始まり、ベストセラーとなる。『徳川家康』により、第2回吉川英治文学賞を受賞。以後、歴史小説を中心に創作する。昭和53(1978)年71歳で亡くなる。