<木綿・染料・顔彩>

「酔いざめの花がこぼれるこぼれる」山頭火
七月廿三日 曇──晴。
とてもよく寝た、宵から朝まで、ランプもつけないで、障子もあけはなつたまゝで、──これで連夜の不眠をとりもどした。
前隣のSさんの息子が来て草を刈つてくれた、水を汲むことが、おかげで、楽(ラク)になりました。
晴れて土用らしく照りつける、今年最初の、最高の暑さだった。
やうやく北海道から句集代金着金、さつそく街へ出かけて買物──
  二十銭 ハガキ切手
  三十銭 酒三合
  三十二銭 酒三合
  三十二銭 なでしこ
  十銭 鯖一尾
  二十銭 茶
  八銭 味噌
  十八銭 イリコ
財布にはまだ米代が残してある、何と沢山買うたことよ、有効に費うたことよ。
午後、樹明君来庵、酒と豆腐とトマト持参、飲んだり食べたりしたが、いや暑い暑い、暑くてあんまりやれなかった。
安全々々、安心々々。
今日は街へ三度出かけた、郵便局へ、駅のポストへ、瑜伽(ゆが)祭へ、──めづらしく落ちついて、──万歳!!!
当分謹慎、心身整理をしなければならない、過去を清算しなければならない、そして──そしてそれからである。
     ☐酔ひどれはうたふ
     ──(アル中患者の句帖から)──
  ・酔ひざめの花がこぼれるこぼれる
   彼が彼女にだまされた星のまたたくよ
  ・さうろうとして酔ひどれはうたふ炎天
  ・ふと酔ひざめの顔があるバケツの水
   アルコールがユウウツがわたしがさまよふ
  ・ぐつたりよこたはるアスフアルトのほとぼりも
   いつしかあかるくちかづいてくる太陽
  ・酔ひきれない雲の峰くづれてしまへ

(出典:山頭火文庫 3巻 村上 護 編『山頭火 其中日記』)

 《書籍紹介》 
山頭火文庫 3巻『山頭火 其中日記』(春陽堂書店)村上護・編
種田山頭火が50歳のときに、山口県小郡(現・山口市)に結庵した「其中庵(ごちゅうあん)」での記録「其中日記」を収録しています。地名索引と人名索引付きです。


植田 莫(うえだ・ばく)
1946年生まれ。画家。札幌在住、莫工房主宰。東京・大阪でグラフィックデザイナーとしてすごすが、良寛の心と山頭火の感性に憧れて画家に転身する。油絵で画家の道を歩むが染料との出会いで、その発色の面白さ、透明感の美しさに魅せられて以後天竺木綿の生地や和紙に、染料を刷毛染め、筆書きし、顔彩で細部を描き加える独自の絵画で個展活動をしている。

植田 莫HP:http://www.baku.cc/


この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
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