<木綿・染料・顔彩>

「酔いざめの風のかなしく吹きぬける」山頭火
 山頭火にとっては月並みともいうべき五・七・五の俳句である。そして酒を飲んで反省すること、これも月並み。前書きには「自責」とあるから、これもいつものとおりである。けれど飲み方だけは尋常一様なものでなく、飲みはじめてみればブレーキの壊れた暴走車のようなもの。酔いつぶれるまで飲んでしまうのだ。
 なぜそれほどまでに酒を飲むのか。それなり理由をつけられるし、境遇的な問題として同情の余地はある。だが肝心なのは酒の上での酔態を含めて、どう生きたかということだろう。掲出句はおそらく昭和十一年八月ころの作だが、八月六日の日記にはこういった記述もある。
「酒をのぞいて私の肉体が存在しないやうに、矛盾△△を外にしては表現されない私の心であつた、ああ。
乱酔、自己忘失、路傍に倒れてゐる私を深夜の夕立がたゝきつぶした、私は一切を無くした、色即是空だつた。……
転身一路、たしかに私の身心は一部脱落した、へうへうたり山頭火丶丶丶丶丶丶丶丶丶ゆうゆうたり山頭火丶丶丶丶丶丶丶丶丶!湛えたる水のしづかさだ!」
 酔いざめにもいろいろあろうが、たいていは痛棒によって覚醒させられたような効果があった。とにかくとことん飲んで、奈落の底まで沈むのである。そして底を突けば、あとは反転して浮かび上がってくる。こうした繰り返しで性懲りなく酒を飲んだわけだが、底まで落ちても句作することだけは忘れていない。

(出典:山頭火文庫 村上 護 編『山頭火 名句鑑賞』)

 《書籍紹介》 
山頭火文庫 別巻『山頭火 名句鑑賞』(春陽堂書店)村上護・編
山頭火研究の第一人者・村上護による解説本。2007年に出版した単行本文庫化。自選句集『草木塔』を中心に、その背景・表現方法など創作の軌跡を解説。放浪の俳人種田山頭火の魅力に迫る──。


植田 莫(うえだ・ばく)
1946年生まれ。画家。札幌在住、莫工房主宰。東京・大阪でグラフィックデザイナーとしてすごすが、良寛の心と山頭火の感性に憧れて画家に転身する。油絵で画家の道を歩むが染料との出会いで、その発色の面白さ、透明感の美しさに魅せられて以後天竺木綿の生地や和紙に、染料を刷毛染め、筆書きし、顔彩で細部を描き加える独自の絵画で個展活動をしている。

植田 莫HP:http://www.baku.cc/


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春陽堂書店編集部
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