へー魂にも歯があるんだ

でんしゃのなかで、いまこのでんしゃのなかには、どれくらいの歯が乗っているのかなあと考えることがある。隣のひとも歯がある。前に立つひとも歯がある。車掌さんも歯があるだろう。なにか有事がこの電車内であれば、警察がくる。警察にも歯があるだろう。わたしたちを心配するひとにも歯があるだろう。

わたしたちは歯を運ぶ船のようなものだ。歯をくちのなかに乗せて、東京から埼玉に行ったり、神奈川から帰ってきたりする。わたしたちは歯の運び屋だ。

わたしの歯を覗く歯医者さんにも歯がある。その歯医者さんのおとうさんにも歯がある。だれかが戦争にいけば、戦場に歯が落ちる。宇宙にだれかがむかえば、宇宙まで歯は運ばれる。

たとえばだれかと同棲する。歯は出勤し、歯が帰ってくる。歯は歯を待っている。待たれた歯は帰ってくる。歯をわすれるということはない。会社に眼鏡はわすれても、歯をわすれては帰ってこない。歯はいう。ただいま。歯は歯にいう。おかえりなさい。

映画やドラマやCMをみていても、歯ばかりだ。テレビに歯があふれてる。

水木しげるのジキトリという妖怪をみていた女の子がかつてわたしにこういったことがある。「魂にも歯があるんだ」

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター