ⓒHalca Uesugi

茂山逸平「風姿和伝」の第三回は、逸青会10周年スペシャル。
逸青会とは、大蔵流狂言師・茂山逸平さん(写真右)と、日本舞踊尾上流四代家元・尾上菊之丞さん(写真左)のふたり会。当代伝統芸能の担い手のふたりによる、舞台裏秘話を公開!
茂山逸平さんが最も信頼する尾上菊之丞さんに、逸平さんとの舞台、逸青会について語っていただきました。
取材は、2018年7月18日、猛暑の東京銀座の尾上流の稽古場にて行われました。


菊之丞:尾上菊之丞です。日本舞踊の家元をさせていただいております。
逸平君とは20年来のお付き合いです。
日本舞踊家とは、何をするものなのかご存じない方もあると思うので少し紹介します。
ここ銀座でお弟子さんにお稽古をつけさせていただくこと、東京新橋の花柳界、京都先斗町ぽんとちょうの花柳界でお稽古をつけさせていただくことが、私どもの仕事の大きな軸となります。
具体的には、新橋「東をどり」、先斗町「鴨川をどり」では演出・振付を手掛けています。
もうひとつ大きな軸としましては新作歌舞伎など、様々な作品を創り、
歌舞伎や舞台に、振付、演出、構成という形で関わっています。
役者さんと振付が相談しながら、作品を作るのです。

── 尾上菊之丞さん、茂山逸平さんの「二人の出会い」は、2001年12月の「伝統芸能の若き獅子たち」という明治座主催の特別公演でしたね。

菊之丞:この時の舞台は、伝統芸能の異業種―能、狂言、浄瑠璃、舞踊とそれぞれの分野の人たちが出会うきっかけになりました。ここで逸平君と出会いました。

── そこから逸青会をはじめるまでには、少し時間があるようですがー。

菊之丞:逸平君と仲良くなったから一緒にやろうという、中途半端な気持ちで作品創りをしたくなかったから、一緒に始めるまで出会ってからも時間が必要でした。

逸平:菊之丞さんは、その当時は襲名前で、まだ尾上青楓さんでした。逸平と青楓で逸青会。青楓さんはあまりお酒を飲まないんです。お酒を飲んだ勢いで一緒にやろう、ということはよくあるんですが(笑)、彼はそういうことはなかった。
しゃべっていることと、見ていることは同じでも、ビジョンが異なる場合があるわけですが、菊之丞さんにはことばが通じる。
それが、一緒に作品を創りたいという一番の理由でした。

菊之丞:逸青会は、10年続いています。多ジャンルで、お互いが納得して作品を作り、お客様も喜んでくれたかな、という会が続いていることは、歴史的にもめずらしい。一緒にもの創りを始めようと言っても、通常は長く続かないんですよ。
会をするというのは、お客様に対する方針や、お金のことや、色々なことが関わってくる。そこに齟齬があると続かない。僕たちは喧嘩をせずに続けている(笑)。奇跡的ですね。
逸平君は、提案をするとまず受け入れてやってくれる。
受け入れてくれただけでやってくれない人は多いですよ(笑)。
互いへのリスペクトがあるんでしょうね。

── 狂言と日本舞踊がどのようにコラボレーションするのですか?

逸平:狂言にない賑やかな華やかな部分、動きや音曲的にもない良さが舞踊にはあります。
舞踊には笑いの要素はないと思いますが、狂言が入ると舞台に笑いが入ります。
双方の良いとこ取りの舞台ができあがるわけです。

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── 舞踊のお客さんも狂言のお客さんも、一緒に舞台を見てくださるのですね。

逸平:最初は笑いが二分されていました(笑)。
狂言のお客さんと、舞踊のお客さんで笑うポイントが違うんです。

菊之丞:歌舞伎でしている狂言ものは、狂言で面白いものを、歌舞伎にひっぱってきて、歌舞伎に書き変えて音曲を入れます。
我々は、狂言と舞踊のどちらかをひっぱってくるのではなく、お互いの良いところを持ち寄って積み重ねていく。
ひとつのコンセプトとしては、狂言だろうが、踊りだろうが、関係なくひとつの舞台としてお客さんに観ていただきたいということ。コラボというものからの脱却です。
当初は、逸青会は、舞踊狂言という紹介をしていました。今は、舞踊狂言という言葉も取って、逸平君と僕のふたりで創った逸青会というだけにしました。

菊之丞:古典芸能は横につながりがあるので、何かひとつ知っていると、ほかの芸能を観ても理解しやすくなります。演じる側も観る側も同様です。
演者も観客も、様々な古典芸能に触れる中で、古典の世界を縦横に旅する。
その旅の中で、逸平君と僕、ふたりがたまたま出会って、おもしろいものをやろう、ということです。

── ふたりで旅をしている、ということですね(笑)。
逸青会の今後の展望、夢はどのようなものですか?

菊之丞:今後は、これまで僕たちが作った作品を、別の演者に演じてほしい。
そうしてはじめて、作品として大きなステップをあがることができる。
僕たちが演じているうちは、僕たちのキャラクターで、ギリギリの阿吽あうんで成り立っている。人に演じてもらうことによって、作品の力量も明確になってくると思います。
実は、それが古典になる第一歩なんですね。
僕たちの憧れ、ひとつの夢は、自分が作ったものが古典になっていくということ。
自分が消え失せても、作品が生き続ける。それを逸青会として作れたらいいな、と。
歌舞伎役者や狂言の前衛的なコラボレーション作品のはじまりです。
後世の狂言師の人たちが、あの作品やりたいね、と言ってくれるものが創れたらいい。

── その夢は、いつごろから実現するのですか?

逸平:今年からです(笑)。作品「千鳥」をほかの人に演じてもらいます。
作品を客観視できるというのが楽しみです。
はい。人を選ばない作品が作りたいです。いい意味で作品が手を離れてくれたらよいです。

── 「この人しかできない」ではなくて、だれもが演じられる作品の方が良いのですか。

逸平:その方が作品として強いですよね。
特に狂言では、人を選ぶ作品は、その人がいなくなったらできなくなってしまうわけで。
狂言作品「附子ぶす」は、上演の5分前に、太郎冠者と次郎冠者の演者がじゃんけんで変われるわけです。個の力ではなく、作品の力が強いということになります。

菊之丞:歌舞伎も同じですよ。「勧進帳」は、みな自分のが良いと思ってやるべきなんです。自分なりのやり方を見つけるうちに型ができてきたのだと思うんです。
僕らが演じている作品も「あれ演じてみたい」と思ってもらえるものにならないと。
「あれは逸平ちゃんだからだよ」「あれはふたりだからできるんだよ」となると、そこまでで終わってしまう。
そういうものもあっても良いけれど、みんながやってみたいと思うものがあると、作品が転がり始める。

── 作品が旅をして転がりはじめるわけですね。

菊之丞:よりよくしようという試みによって、古典は磨かれてきている。
だから、最初の作品から時を経ると、随分と変化してくる。
その作業をしないと、作品は朽ちてしまう。
ほかの人がすると、がらっと作品が変わっていくこともある。

── 逸青会で昨年上演された作品、「わんこ」の舞台裏について、紹介してください。

逸平:「わんこ」は落語作家のくまざわあかねさんに書いてもらったんです。
売れないベテランの柴犬と、そこに入ってきた若い新入りの洋犬の、ペットショップでのお話です。

菊之丞:だいたい台本そのままではいかないものですから、上演ギリギリまでどういう結末にしようか悩むんですね。
狂言は最後は「やるまいぞ、やるまいぞ」と追われて終わらせる力がある。
「わんこ」は、どういう結末にするのか、どうやったら終われるのか、ということをいつも考えていました。

── どんな結末なんですか?

菊之丞:最終的には僕ら犬たちが老いて、柴犬は買われていき、ひとり残った洋犬は寂しくて気が狂う。柴犬は人に飼われてはみたけれど、やっぱり違うなと思って、ペットショップに帰ってきてしまう。
でも、このままふたりでペットショップにいても違うね、ということになる。
そこで、ぐっとアングルをかえて、ふたりがくるっとまわり場面が反転すると、そのペットショップに買いに来た老夫婦になる。
柴犬と洋犬はぬいぐるみになっていて、老夫婦はそれをかわいいね、かわいいね、と買って帰るという結末です。
公演の二日前にやっと、これで終われる!と結末が決まった。
ぬいぐるみは、ヨドバシカメラに買いに行きました(笑)。

菊之丞:悩んで迷走したわりには、救われる最後になった。
救われない物語が、やさしい物語に変わっていく。
ぬいぐるみをお客さんが笑うということは、ある意味わかりきったことなんですよ。
僕らはぬいぐるみでお客さんを笑わせることは望まないです。
かっこつけるようだけれど、笑いに絶対的な必然性を感じさせることが大事なんです。

── 今年の逸青会について

逸平:今まで逸青会が作り上げてきた新作の中から選りすぐりの作品を上演します。
歌舞伎、狂言から特別ゲストの方々に御出演頂きます。
今年のふたりの新作「鏡の松」の中では、能舞台へのリスペクトを込めました。
何百年とある能舞台には神様がいるんですけれど、神様に「神様がいる場所が正しくない」という話をしてあげるお話です。
能舞台に松があるでしょう。あれは本当は鏡に写っている松という設定なんです。
実はお客さんの後ろに松があって、舞台に鏡があり、鏡に松が写り込んでいるんです。
逸青会から旅立たせる作品は、「千鳥」と「崇徳院」です。
「千鳥」は松本幸四郎、茂山千五郎らが、「崇徳院」は、尾上松也、茂山逸平で演じます。
東京での4公演のほか、京都、高知での公演は、それぞれ演目も役者も異なります。
菊之丞・逸平は新作「鏡の松」を全公演で上演します。
※公演スケジュールはこちらhttp://kyotokyogen.com/schedule/

── 逸平さんと菊之丞さん、互いを「鏡」のように語ってください。

菊之丞:逸平ちゃんは自然体で、静かにアイデアを出してくれる。
その穏やかな感じが良いし、色々なものを広く受け入れるキャパシティーがある。
受け入れたものを、自分のなかでかみ砕いて演技にしていくということに長けているのだろう、と思います。お客さんも、彼を通して古典の世界を見ることができる。

逸平:僕は、いい意味でも悪い意味でも、ぼーっとしているので、変わらなくてはならないところでも変われていない。
菊之丞さんは、家元になってから、オンになったときの線引きがしっかりしている。
大人になるというのはこういうことなのか、ということをわかりやすく見せてくれた同業種の先輩です。
伝統芸能というのは、こういうふうにいずまいを正して人と接するべきなのか、と。
すごく勉強になりました。
逸青会を一緒にしている相方、先輩というだけでなく、大人になるためのいいお手本でもあるんですね。(笑)。

菊之丞:襲名で名前が変わるというのは不思議なもので、人間も変わるんですね。
凄いステップアップをさせていただけるのが、襲名です。
襲名によって周囲の目も変わりますが、自分自身にとってもそれは生まれ変わるようなことなんです。
襲名の初めての舞台、幕があがるときのある種の神々しさ、覚悟。
まさに、「夜が明ける」というような感覚がありました。

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逸平:40歳までは仕事のスタイルとして、スケジュールがあいていれば、声のかかった仕事はなるべくやっておこう、と思っています。あと1年で40歳ですが、そこからはもう仕事を選んでもいいかな、と思うんです。
いい悪いと思うのか、合う合わないと思うのか、やりたいやりたくないと思うのか。
仕事を選ぶ基準は色々あると思います。選び出したときにどういう仕事をするか。
好きな狂言を好きな時にする、という贅沢な仕事がしたいですよね。
僕にとっては逸青会が、一番好きなものができている場所なんです。

菊之丞:逸青会は互いにとって、活力源、アイデア生産所のようなところ。
逸青会があるからほかのものもうまくいくし、ほかのものがあるから逸青会がうまくいく。フィールドがたくさんあることで、芸能者としての経験値があがっていく。
逸青会の役割はまだまだ続いていくね。

── おふたりが表現者として心がけていることを教えてください。

菊之丞:とにかく作品を多く見るということですね。海外作品なら、「ラ・ラ・ランド」、「グレイテストショーマン」など、ミュージカル作品も見ます。
常にどこをどうやって参考にするか見て、ネタ帳に書き留めています。
アイデアを拝借して、違う形にリニューアルするということは、多くあります。

逸平:海外作品を見ることもありますが、この世界観ではないようにしなくては、と思って見ています。島国で生まれた舞台を創る者として、異世界とは違ったものを作っているということは忘れてはいけない、と思うことはありますね。
海外の作家ではベケットが好きです。シェイクスピアよりベケットが好きですね。

菊之丞:映画でも舞台でも、作品は見ていないと、僕らの仕事では使い物になりませんね。
何かをしようとしている人、プロになる人はひたすら見ないと。
たとえ半面教師であっても、こういうのは厭だ、こういうのは当てつけだ、ということがわからないといけない。
教えてもらおうというのではなく、いいものから悪いものまで見尽くして、批評家になるようでないとね。

逸平:悪いと言われるものもおもしろいよね。なぜこういう表現をするのかと、不思議な感覚にとらわれることがある。

菊之丞:演劇は、見ているお客さんの意識に大きく左右されます。作品が置かれている状況に影響されるんです。100人信者がいるようなところで、ひとりで見に来た人がいて、状況に呑み込まれる人もあれば、「ここやばくない?」と思う人もいる。
その瞬間瞬間のお客さんの反応で、演劇は随分変わります。
舞台にいるとね、お客さんのことを痛いほど感じるんです。自分の居所、空気が薄くなっていくように。舞台は、始まるまで不安なんですよ。
舞台が始まって、ふっとお客さんが笑ってくれたときに、ほっとして役に息が吹き込まれる。

逸平:最後の拍手より、最初の笑い声がほっとしますね。

●茂山 逸平(しげやま・いっぺい) 大蔵流狂言師(クラブsoja 狂言茂山千五郎家)。
1979年、京都府生まれ。曾祖父故三世茂山千作、祖父四世茂山千作、父二世茂山七五三に師事。甥と姪が生まれたときに、パパ、ママのほか、逸平さんをペペと呼ばせたので、茂山家では以降ぺぺと呼ばれるようになった。
●尾上菊之丞(おのえ・きくのじょう)日本舞踊尾上流四代家元。京都造形大学非常勤講師。
1976年、東京生まれ。尾上墨雪(二代目尾上菊之丞)を父とし、2011年尾上流四代目家元を継承し、三代目尾上菊之丞を襲名。1990年尾上青楓の名を許され、舞踊家として本格的に活動を開始。
狂言公演スケジュール
http://kyotokyogen.com/schedule/
『茂山逸平 風姿和伝 ぺぺの狂言はじめの一歩 』(春陽堂書店)中村 純・著
狂言こそ、同時代のエンターティメント!
大蔵流<茂山千五郎家>に生を受け、京都の魑魅魍魎を笑いで調伏する狂言師・茂山逸平が、「日本で一番古い、笑いのお芝居」を現代で楽しむための、ルールを解説。
当代狂言師たちが語る「狂言のこれから」と、逸平・慶和親子の関係性から伝統芸能の継承に触れる。
構成・文/中村 純(なかむら・じゅん)
詩人、ライター、編集者。東京都生まれ。三省堂出版局を経て、京都転居にともない独立。著書に『女たちへ――Dear Women』(土曜美術社出版販売)、『いのちの源流――愛し続ける者たちへ』(コールサック社)など。

写真/上杉 遥(うえすぎ・はるか) 能楽写真家。今様白拍子研究所で幻の芸能白拍子の魅力を伝えるべく日々修行中。