スポーツ文化評論家 玉木正之

2020年の東京オリンピックに向けて、スポーツを知的に楽しむために── 
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家の玉木正之さんが、文化としてのスポーツの魅力を解き明かす。
第12回は、サッカーやラグビーの試合時間について考えます。サッカーの試合が30分ハーフになる!?


サッカーやラグビーの試合時間を計る時計は
どこにある?
 前回のコラムの最後に、野球の試合が9イニングから7イニングになるかも……という話題を書いた。そして、サッカーの試合が45分ハーフから30分ハーフになるかもしれない(ただしボールがタッチラインを割るなどして、試合がストップしたときには時計も止める)、といった話題も紹介した。
 それを読んで、そんなの面白くない! と即座に反発した人もいることだろう。じっさい元プロ野球選手に、この野球のルール「改正」の話をすると、間髪を入れずに「ダメダメ」と反発する人がほとんどだ。試合時間は短くなるかもしれないが、リリーフ投手の使い方(継投策)や、代打の起用法など、作戦面での面白味がグッと減る。それに過去の記録との比較が不可能になる……といったところが反対理由だ。それなら、長すぎる試合時間を短くするには……? という問題提起に対しては、なかなか妙案が出てこない。最近では、「野球が面白けりゃ、いくら長くてもイイじゃないか」という意見が主流と言える。
 そんななかで、元ヤクルト・スワローズの選手で現在は野球解説者、スポーツ解説者として活躍している青島健太さんは、なかなかおもしろい意見を持っておられる。それは、大会によって7イニングもあれば9イニングもある、と変化を付けてもいいのではないか、という意見だ。
 試合時間が長すぎるのであれば、オリンピックやプロ野球のペナントレース、さらに若い選手の身体の故障を防ぐため、アマチュア野球(社会人野球、大学野球、高校野球、少年野球など)では7イニング制にしてしまう。そして、プロ野球のクライマックス・シリーズや日本シリーズ、オールスター戦は、今まで通りの9イニング制に。さらに、社会人野球の都市対抗野球や日本選手権の本戦、全日本大学野球選手権などは9イニング制に、高校生以下の少年野球は全部7イニング制にするなど、大会によって長さを変える。「テニスでも、世界の四大大会の男子は5セットマッチだが、他の試合は3セットマッチと、大会によって違うから、野球も変化を……」というのが青島氏の意見だ。
 私もこの意見に大賛成だ。
 しかし、昔の記録と比較できなくなる……と反論する人はいるだろう。が、ボールやバットの質、球場の広さなどを考えると、昔と今の野球の記録はそもそも単純に比較できるものではない。それにスポーツを見るうえで一番重要なことは、目の前で起こる素晴らしいプレイに驚嘆することであり、記録を楽しむ(記録に驚く)のは、二次的三次的な楽しみでしかないと言える。「通算○○○号ホーマーを記録!」「通算○○○勝投手が誕生!」などと言っても、それが風に乗ってフェンスぎりぎりに入るホームランだったり、滅多打ちを喰らいながらも味方打線の爆発のおかげでの勝利投手だったりすれば、かなり興醒めというほかない。
 以前私はプロ野球の試合で、三振をしないことで有名な某選手が、何百打席か連続無三振という瞬間に遭遇したことがあった。翌日のスポーツ新聞は、「日本新記録!」と騒いだが、ボテボテの内野ゴロ(三振ではありませんからね)での日本記録達成など、野球の試合の現場では何の面白味もなかった。
 だから記録など「ドーデモイイ」という気はないが、野球の現場を面白くするためのルール改正には、どんどん前向きに取り組むべきだろう。
 一方、サッカーの場合の「30分ハーフ・ルール」には、少々微妙なところがある。というのは、そのルール改正によって、試合時間が短くなるのか? 長くなるのか? それが、よくわからないからだ。
 ボールがタッチラインの外に出る。その瞬間、時計が止められる。そうなると、いくら時間をかけようが時計は進まないのだから、ベンチからの指示を得るのに時間をかけたり、選手間のコミュニケーションを取ったり、水分補給をしたり、選手交代にタップリ時間をかけたりしなくなるだろう。一方で、たとえ「間」を長くとっても、どうせ時計は止まってるのだから誰にも文句は言われない。結局、試合全体に要する時間は現在の「45分ハーフ・ルール」よりも長くなる、と断言する人もいるのだ。
 おまけにこのルール変更は、サッカーのルール変更という以上に、ヨーロッパ社会が育ててきたフットボール文化の根本的な改変であり、「絶対に受け入れられない」という人もいるらしい。
 そもそもサッカーやラグビーといったヨーロッパ生まれのフットボール・ゲームには、最初のうちはレフェリーなど存在しなかった。タッチラインの外にボールが出たときは、どっちのチームのスローインか……を、両チームのキャプテン同士の話し合いで決めていた。今のプレイは誰の反則か……ということも、同じ。
 ところが、キャプテンも人の子で、勝負にこだわれば、どうしても自分のチームの有利になるような判断をしたがる。そこで、仲裁を「委託する(refer)」人物を導入することになった。その仲裁を請け負った人物がレフェリー(referee)というわけである。野球のアンパイア(umpire)も、「仲裁者・判定人・審判」といった意味だが、レフェリー(referee)のように、単語の後ろに -ee が付いて人物を表す場合は、受動的な人物を表す。インタヴュー(interview)をする人はインタヴュアー(interviewer)、インタヴューを受ける人はインタヴュイー(interviewee)というわけだ。
 そこで、サッカーやラグビーのプレイの判定をするために、両チームからお願いされて仲裁を請け負った人物がレフェリーというわけで、レフェリーには強い権限が与えられることになる。反則などの判定のほかに、試合時間も決定する権限が委託されることになった。そこでレフェリーは、自分が手にした腕時計の示す時間だけで試合時間を決定するようになったのだ。
 ところが審判によって時間の計り方がマチマチで、どうも正確に45分ハーフになっていないとの評価もあり、最近ではアディショナル・タイム(選手の故障等で試合が中断したため追加すべき時間)を、第4の審判(fourth official)が示すことになった。が、それでもなお最終決定を下す主審の判断によってアディショナル・タイムの長さがマチマチになるとの声もある。審判が、どちらかのチームを贔屓(ひいき)しているという疑惑も生まれてしまう。そのため、試合の流れ、つまりボールの動きの止まったときは時計も止める「正確な30分ハーフ制」の導入と同時に、時計をバスケットボールやアメリカンフットボールのように、観客にも見えるようにするべきだ、という意見が出てきたのだ。
 が、これにモーレツに反発しているのが、サッカーやラグビーの伝統を守れ! と主張するヨーロッパの「フットボール原理主義」的考え方をする人たちだ。いったい彼らは、フットボール文化の「何」を守ろうとしているのだろうか?


『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店) 玉木正之(著)
本のサイズ:四六判/並製
発行日:2020/2/28
ISBN:978-4-394-99001-7
価格:1,650 円(税込)

この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com