天使の圧で帰ってしまう

よく逃げてきたようにもおもう。これは逃げるためのバスだ、これは逃げるためのでんしゃだ、これは逃げるための橋だ、そういう経験をたしかにしてきた。そういうバスや電車に乗ってきました。シンポジウムを聞きにいっても中座してしまうことがある。休憩時間に、まだ、明るいうちにあの公園を通り抜けて帰ったらとってもすてきかもしれないなあ、とおもう。そうしたらできるだけゆっくりあるいてかえろう。そうして、あの日、あの場所で、ひとしれず中座したことはいっしょう覚えていよう。あの日、トイレにでも行くようにふっと会場をぬけて、葉っぱのあいだから陽がこぼれる公園をゆっくり時間をかけて歩いて帰った日のことを。わたしはそういうにんげんだったことを。わすれないでいよう。わすれなかったことがたとえのちのち裏目にでてしまったとしても。わたしは会場をふっとぬける。

ともだちに「ちょっとまた逃げてしまったんだけど」というと、「えー、またにげたの」という。にげるひつようがないとこでにげる、それはなんなの、という。「なにかの圧なのかも。天使とか。天使の圧でね、帰ってしまう」「なんで天使があなたを逃がそうとするの? むだに」「あ、そうか、逃げたんじゃなくて、なにものかが逃がそうとしたってかんがえかたもあるんだ」「ないよ」

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター