竹久夢二美術館 学芸員 石川桂子

夢二がおくる最後の贈物
 この篇をかぎりに、よしあしはともかくおそらくこういうものはもう書けないだろう。
 あなた達へおくるこれが最後の贈物です。 著者

(『春のおくりもの』巻頭の文章より)
 昭和3(1928)年1月1日、竹久夢二は生前最後の著書『春のおくりもの』を春陽堂から刊行【図①】、少女向けの詩と小編を中心に84編が収められました。本書には、夢二が40歳以降に雑誌『令女界』『少女世界』等に発表した詩(*1)、それに加えて30歳前後に雑誌『新少女』『少女の友』等に寄稿した小編が一冊にまとめられました。

①『春のおくりもの』

 ここに収録された詩は、当時〈少女詩〉と呼ばれ、夢二はこのジャンルの創作にも熱心に取り組みました。〈少女詩〉とは、「作者自身が少女であって、少女としての感動をうたったもの」、「特殊の場合としては作者が少女以外の者であっても、少女のために少女の感動をうたったもの」(「少女詩」『令女詩歌集』 1930年)と定義された詩の一分野です。大正後期から昭和初期にかけて、少女雑誌の読者投稿欄では〈少女詩〉のコーナーが設けられ、西條八十、サトウハチローをはじめとする詩人も〈少女詩〉を誌上で発表して、広く愛好されていました。
 夢二は優しく美しい言葉で紡いだ詩を少女雑誌に多く発表しました。多くの〈少女詩〉は夢二の晩年にあたる40代で作られましたが、瑞々しさを失わずに甘くせつない表現が繰り広げられ、それは自身が得意とした少女イラストレーション〈抒情画〉にも通じています。多感な少女の心に寄り添い、思春期の感傷的な気分や恋心を汲み取りながら、ロマンチストな夢二は繊細な乙女心を詠いました。
春が好きだった夢二
 収録した詩と小編のうち、タイトルに「春」が使われているものが10編あります。夢二は春夏秋冬の中でも春を好んで題材にし、季節とその時期特有の感傷を表現することを試みました。
 次に『春のおくりもの』より、春をテーマにした2編を紹介します。
 春の手
   どっかであたしを呼んでいる
   だれかがあたしを待っている。
   ずっと遠くだ、すぐそこだ。
   あたしは小窓をあけて見た。
   あたしはそっと手を出した。
   おもたい、やさしい、なやましい。
   あの人の手だ。春の手だ。
  春ゆかば
   泣けるときには泣くがいい
   もうたくさんだというほどお泣き。
   笑えるときには笑うがいい
   もう笑えないというほどお笑い。
   青春がだんだん過ぎると
   泣くことも笑うことも
   出来なくなるときがくる。
 春をテーマに、夢二はときめく胸の内を吐露するのと同時に、センチメンタルでうつろいやすい思春期の心持ちも、少女詩として書き表しました。そして出会いと別れの季節でもある春を象徴するようなメッセージを送りました。
魅力的なブックデザイン
 『春のおくりもの』は夢二の詩文に加え、丁寧かつ趣向を凝らしながら、春の気分を感じさせる可愛らしいブックデザインが見どころで、随所に本づくりに対するこだわりが感じられます。
 差し込み式の函の片面【図②】は、中心に果物籠が描かれ、上部にタイトル『春のおくりもの』と「ゆめ・たけひさ」(竹久夢二のペンネーム)、下部には「春陽堂版」と明記されています。もう一面【図③】には梅の花を背景に、聖書と思われる本を手にするおさげ髪の少女が描かれ、春らしい雰囲気に包まれています。

②函の片面         ③函のもう片面

 表紙と裏表紙【図④】は、薄紅色と空色の線を組み合わせた格子柄で、夢二のフリーハンドによる線は、手描きならではの温かみが感じられます。

④表紙・裏表紙

 背表紙は、金色が上品に輝く箔押しの技法が、本を華やかに彩っています。レタリングが施された「春」の文字と、タイトル周囲の飾り枠も夢二のデザインによるもので、細部に至るまで読者の心を捉えます。
 見返し【図⑤】は、紅色で梅の花が連続模様になって、一面にあしらわれています。夢二は可憐な花を咲かせる梅を好み、図案や日本画作品にも繰り返し筆をとりました。

⑤見返し

 扉【図⑥】と口絵の一部は木版で制作され、巻頭の口絵はカラー印刷の「matedokurasedo」【図⑦】をはじめ、モノクロも含めて11点掲載、さらに詩文のページは挿絵【図⑧】とカットが数多く紙面を飾り、夢二の詩画を充分に堪能できる一冊となりました。ここまで質が高く美しい本に仕上がったのは、春陽堂の編集者・島源四郎(*2)による尽力があったからでした。

⑥扉   ⑦口絵「matedokurasedo」

⑧「夕」と挿絵

「春」ではじまり「春」で終わる夢二の著書
「春」という文字は音が朗らかで字画が好もしい (『童話集 春』序文より)
 夢二は著書にも、「春」を題名に入れたものが多く、明治42(1909)年、26歳の時に初めて出版した本のタイトルは『夢二画集 春の巻』でした。さらに『桜さく島 春のかはたれ』(洛陽堂 1912年)、『春の鳥』(雲泉堂 1917年)、『童話集 春』(研究社 1926年)で、「春」の文字が見受けられます。
 著書を通じて、多くの人の心を捉えた夢二。最後は春陽堂から腕利きの編集者と共に、自身の集大成ともいえる『春のおくりもの』を刊行することができました。はかなくも美しい言葉とイラストがちりばめられ、魅力的なブックデザインに仕上がったこの一冊は、夢二の思いを永遠に読み継ぐことのできる、最後の贈物になりました。
【註】
*1 夢二が雑誌で発表した詩は、著書へ収録されることも多く、その際は語尾など一部を変えることもあり、『春のおくりもの』に収録された詩にもそれが認められる。
*2 当連載第9回「編集者・島源四郎との交流」をご一読ください。

(写真と図は、すべて竹久夢二美術館所蔵の作品です)

『竹久夢二という生き方 人生と恋愛100の言葉』(春陽堂書店)竹久夢二・著 石川桂子・編
画家、デザイナー、詩人として活躍し、多種多様な作品を遺した竹久夢二。彼の日記・手紙・エッセイ・詩の中から<人生>と<恋愛>についての言葉を選出。挿絵は大正3年刊行の『草画』から使用。時代を超えて愛される、ロマンチストの格言集。
この記事を書いた人
石川 桂子(いしかわ・けいこ)
1967年、東京都生まれ。竹久夢二美術館学芸員。編書に『大正ロマン手帖──ノスタルジック&モダンの世界』『竹久夢二♡かわいい手帖──大正ロマンの乙女ワールド』(共に河出書房新社)、『竹久夢二《デザイン》──モダンガールの宝箱』(講談社)、岩波文庫『竹久夢二詩画集』(岩波書店)、『竹久夢二という生き方 人生と恋愛100の言葉』(春陽堂書店)など。