1.初心者におすすめの鉄板短編 掲載書籍3冊

 乱歩作品を読むならまず短篇からというのが常道だろう。乱歩の短篇にはさまざまな奇想が詰まっている。日常の延長にある発想としてわかりやすいのは「屋根裏の散歩者」で、周囲の人々の生活を覗き見たいという興味が、泥棒、殺人へとつながっていく心理を巧みに描き出している。それと近いのが「人間椅子」で、こちらは椅子に入り込むことで、あえて見えない状態で触覚を通して相手を観察する。
 こうした、見える・見えない、といった視覚へのこだわりの延長で、鏡やレンズへの特別な興味が乱歩にはあった。「鏡地獄」(『屋根裏の散歩者』所収)は、球体の内部を全部鏡にしたらどうなるか、という疑問から書かれた。「押絵と旅する男」(『屋根裏の散歩者』所収)は双眼鏡をさかさにして見ることが重要な意味を持つ。
「D坂の殺人事件」には、視覚が当てにならないことも、人間の身体感覚の行きつく先などというものも書かれている。しかし重要なのは、日本で密室殺人のような状況が書けるのかという試みと、明智小五郎が初登場する小説であることのほうかもしれない。

「鏡地獄」「押絵と旅する男」(『屋根裏の散歩者』所収)

2.巧妙な展開で、乱歩の凄みが分かる推理作品3冊
 乱歩の長篇小説の多くは、いわば犯罪小説・冒険小説のようなもので、探偵の推理を重視した展開にはなっていない。それより連載回数の少ない中篇の場合は、まとまりが意識された構成を見ることができる。
 おそらく最も成功したと言えるのが「陰獣」で、乱歩を連想させる大江春泥しゅんでいという正体不明の作家の謎が、主人公であるもうひとりの探偵作家によって解き明かされていく。それまでの乱歩作品の要素もちりばめられていて、初期の乱歩の総決算とも言える中篇になっている。
 同時期に書かれた「パノラマ島奇談」のほうは、乱歩の趣味を全開にしたような中篇である。死んだ大富豪に成り代わり、そっくりな男が財産を手に入れる。成り代わりは発覚してしまうのか、というスリルとともに、莫大な財産をどう使っていくのかという興味で読ませていく。
 これらとちがい「白髪鬼」には原作がある。海外の小説をもとに、明治期に活躍した黒岩涙香という作家が書いたものである。「幽霊塔」「三角館の恐怖」など、原作のある小説を乱歩はいくつか書いているが、こうした小説は、長篇の構成という乱歩の苦手な面をカバーしつつ、乱歩らしい描写などを盛り込むことができるという利点を持っている。

3.ロケ地巡りで世界観をさらに体感できる3冊
 乱歩の小説の舞台となるのは、やはり東京が多く、松山巌『乱歩と東京』、冨田均『乱歩「東京地図」』といった評論も書かれている。少年物でも、たとえば『怪人二十面相』では、東京駅で明智小五郎と二十面相が対決するし、上野の博物館も二十面相に狙われることになる。
 東京の中でも、若き日の乱歩が特に惹かれたのは、浅草だった。いろいろな見世物や映画館などがあり、喧騒の中で自分を忘れることもできた。しかし、1923(大正12)年の関東大震災は、乱歩が親しんだ風景を変えてしまった。「押絵と旅する男」は、その失われた浅草を描いたものでもあった。震災前の浅草のシンボルともいえる凌雲閣(浅草十二階)の模型は、江戸東京博物館で見ることができる。
 乱歩が生まれたのは三重県で、二十代には一時期、鳥羽の造船所で働いていた。造船所の跡地は現在、鳥羽水族館になっている。近くには乱歩の妻の出身地、坂手島もある。この鳥羽周辺をモデルにして書かれている乱歩の小説はいくつかある。「パノラマ島奇談」にはM県I湾として描かれている。小説で主人公が成り代わった富豪の所有する島は、もう少し遠いところにあるようだが、ミキモト真珠島をパノラマ島と重ねて見ても面白い。
 乱歩が専業の作家となり東京に居を定める前には、大阪に住んでいたこともある。初期の代表的な作品には、大阪で書かれているものも多い。その後に書かれたものにも、大阪が描かれることもあり、たとえば「黒蜥蜴」では、戦前の通天閣が舞台となっている(現在の通天閣は戦後に再建されたもの)。ここは宝石の受け渡しがおこなわれる重要な場所だが、戦後に書かれた三島由紀夫の戯曲版では東京タワーに変更されているのが興味深い。

4.究極のエログロの世界を体感できる3冊
 乱歩の小説においてエロチシズムやグロテスクが重要な要素である一方で、エログロの作家として見られることに乱歩は複雑な思いを抱いていた。そのことは、たとえば「陰獣」で、乱歩自身のイメージが投影された大江春泥という作家の扱いを見てもわかる。
 そうした乱歩作品の過激な部分を代表していると言えるのが「芋虫」である。戦争により四肢を失った男が、その妻からどのように扱われていくのか。身体というものに徹底的にこだわった、男と女の話を乱歩は書いた。一方読者には政治的にも読まれ、社会批判として評価された。のちに検閲が厳しくなった時期には、この短篇を文庫本から削除することを命じられることになり、それにより乱歩は作家活動を休止することを余儀なくされるのだった。
 他にも多くの小説で、身体に関するこだわりを見ることができる。初期の作品でも、たとえば「白昼夢」(『パノラマ島奇談』所収)では、愛する妻を殺し、死蝋化させて保存したという男が登場する。一方、中期の「虫」では、殺した女をきれいなままで保存することができず、次第に変化していく様子が徹底的に描写されていくのである。
 乱歩のいわゆるエログロの極北とも言えるのが「盲獣」である。視覚を持たない怪人によって、女性が誘拐される。盲獣は女を監禁し、もてあそんだ末に殺す。切断された死体は街にばら撒かれ、人々を恐怖させる。歌手の水木蘭子を始め、何人もの女性が餌食となっていく。その行きつく先は盲獣の特異な芸術観「触覚芸術論」だった。乱歩はこの小説を「ひどい変態もの」としながら、この触覚芸術の発想は気に入っていた。

「芋虫」(『心理試験』所収)

「虫」(『屋根裏の散歩者』所収)

この記事を書いた人
落合教幸(おちあい・たかゆき)
1973年神奈川県生まれ。日本近代文学研究者。専門は日本の探偵小説。立教大学大学院在学中の2003年より江戸川乱歩旧蔵資料の整理、研究に携わり、2017年3月まで立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターの学術調査員を務める。春陽堂書店『江戸川乱歩文庫』全30巻の監修と解説を担当。共著書に『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社 2017)、『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』(春陽堂書店 2018)、『江戸川乱歩新世紀-越境する探偵小説』(ひつじ書房 2019)。