ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載21】
デジタル世代がはじめた、“リアル店舗”と“手紙つきの選書サービス”
ほんのみせ コトノハ(東京・国立)有路 友紀さん


スポーツの世界から、本と本屋の世界へ
「ほんのみせ コトノハ」の店主・有路友紀さんは、2019年3月に、新刊書店を切り盛りする道をスタートさせました。ここにある本は、どれも「本にかかわる人、もの、こと」について書かれたもの。作家や編集者が主人公の小説、出版社が舞台になった漫画など、この世にはあまたの“本にまつわる本”がありますが、それだけに特化するという思い切った方針を打ち立てた有路さん。そもそも、大学を卒業して1年足らずで書店をオープンしようと思ったのは、どうしてなのか。お話をうかがいました。
── 以前から本が好きで、いつか本屋さんになりたいと考えていたんですか?
いいえ、もともと本に詳しいわけではなくて、本屋になろうとも思っていませんでした。私は大学でスポーツ心理学を専攻していて、卒業後は大学院に進もうと考えていたんです。でも、4年生の夏に、その道を進むことがまったく考えられなくなってしまって……。本を読むようになったのはその頃で、これからのことを考えたときに、「出版社ではたらきたい」と思うようになりました。でも、出版社を受けようにも新卒の募集なんて終わっています。まずは本にかかわれる仕事として、書店のアルバイトを始めることにしました。
── スポーツ心理学の道へ進むのをやめようと思ったのは、なぜですか?

以前は本格的にフィンスイミング(足にヒレをつけて泳ぐ競技)をやっていて、日本代表にも選ばれていたこともあるんです。でも、大学2年のときに限界を感じて、競技生活にピリオドを打ちました。「これからは選手をサポートしよう」と考えて、体育会水泳部のマネージャーをすることにしましたが、そこは大きな組織で、運営の仕事がほとんど。やりたいと思っていた選手のサポートはできず、やりがいを感じられない毎日を過ごしていました。
── それが決定的になったのが、大学4年生の夏なんですね。
はい。人間関係もうまくいかず、ストレスで体調も崩してしまい、心身ともにまいっていました。「もうこれ以上は、無理」と、マネージャーをやめたのが4年の夏。あまりにしんどくて、私のなかから選手をサポートしたいという気持ちやスポーツそのものに対する思いまでが完全に消えてしまい、大学院に進んだところで、先のことが想像できなくなっていました。そんな状態の私を救ってくれたのがゲームや漫画。それが本、そして本屋へとつながっていきます。

周りに反対されたからこそ、やると決めた“本”の本屋
── では、具体的に本屋になろうと思ったのは、書店でアルバイトをしているときですか?

そうです。ショッピングセンターのなかにあるチェーン店で、そこでは、パートやアルバイトが棚づくりや発注管理などの業務を任されていたので、本を売ることの面白さを感じることができました。本を読む楽しさに気づいたのも、そのときです。自分は会社員には向いていないと思っていたし、本を売ることがとにかく楽しいし好き。書店員としての経験が1年しかないのに、店を出したいと言い出して、周囲には反対されましたけど……。
── でも、有言実行。実現されました。
「無理だ」「できるはずがない」と言われるたびに、思いが強くなって(笑)。もし「絶対できる、やるべきだ!」と言われたら、やらなかったのかもしれません。新刊書店をはじめるノウハウは、荻窪にある書店「Title」辻山良雄さんが書かれた本を読んだり、「本にかかわる人たちの会」という作家や編集者、書店員などの集まりで出会った人たちから情報を得たりして、中取次をしてくれる株式会社新進を通して日販から仕入れられるルートも確立することができました。 “本の本”専門の店にしようと思ったのもその会の影響が大きいです。
店を維持していくためにはじめること
── お店に来るお客さんはどんな方が多いのでしょう。

年齢や性別はさまざまですが、出版業界の人が多いですね。店内併設のカフェスペースで執筆する作家さんもいますし、作家さん同士、出版社の営業さん同士がこの店で出会って仲良くなるケースもあります。もちろん、業界の人だけでなく、宿題をしにやってくる近所の中学生もいて、わからないところがあると質問されるんですが、数学は苦手なので困ります(笑)。少しずつお客さんは増えてきていますが、経営面ではかなり厳しい。これからは、ほかの仕事もはじめて営業日や時間を変更することも検討しています。
── ほかの仕事というのは、具体的に決まっているのですか?
まだ具体的ではありませんが、漠然と考えていることはあります。それは、自分で出版物を制作して、自分の手で売ること。本屋をオープンしたことで、作家さんをはじめ、いろんな出版関係の人たちと知り合うことができました。みなさんとお話をして刺激を受けるうちに、本を「売ること」と同じくらい「つくること」に興味がわいてきたんです。まずは本づくりの可能性を模索してみようと思っています。

文学YouTuberベルさんのチャンネルで紹介されたときには、選書サービスに50件もの依頼がやってきたそうです。一人ひとりに本を選んだ理由やおすすめポイントを手紙に書いて送っている有路さん。手間暇がかかるので、収益的には悩ましい部分もあるそうですが、いまも2日に1回は選書の依頼が来ているのだとか。音楽はスマホでストリーミングサービスを利用するが当たり前となったこの時代に、あえてカセットテープを楽しむ流れが生まれているように、“本と言葉”も、アナログならではの良さが見直されているのかもしれません。

ほんのみせ コトノハ 有路さんのおすすめ本

『図書館の魔女』第1~4巻 高田大介著(講談社文庫)
史上最古の図書館に暮らし、いくつもの言語を操るため「魔女」と恐れられている少女・マツリカ。声を持たない彼女は、従者の少年・キリヒトと、指文字で意思疎通をします。言葉や手紙を駆使して戦いや争いを止めるため策略を練るマツリカと、彼女を支えるキリヒト。“バディもの”としても楽しめる壮大な長編ファンタジーです。

ほんのみせ コトノハ
住所:186-0004 東京都国立市中1-19-1 2F
営業時間:11:00〜20:00
定休日:毎週火・金曜
https://kotonohabookcafe.com


プロフィール
有路 友紀(ありみち・ゆき)
1995年、東京都生まれ。フィンスイミングの元日本代表。大学2年で選手生活にピリオドを打ち、スポーツ心理学で大学院進学を目指すも、4年の夏に一転、本屋の道へ。書店でのアルバイトを約1年経験したのち、2019年3月に「ほんのみせ コトノハ」をオープン。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
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