ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載22】
街がよくならないと、本は売れない
書肆スーベニア(東京・向島)酒井 隆さん


おみくじで「大吉」が出たから、向島に
「浅草から見て、隅田川の向こう側にある」ことから名づけられた向島。かつて花街としてにぎわっていたこの界隈も、いまではマンションが立ち並び、見上げればスカイツリーがすぐそこに。時代が令和になって、すっかり様変わりしたようですが、それでも料亭や神社など江戸の風情を残すところがちらほらと残っています。この街に「書肆(しょし)スーベニア」が産声を上げたのは、2017年8月のこと。古いものと新しいものが共存するこの街で、古本と新刊の書店を営む店主の酒井隆さんが目指す本屋とは。
── 店をオープンする前は、出版社の営業、本の物流倉庫など、本にまつわるお仕事をされてきたそうですね。
出版社にいた頃から「本が売れないのはなぜか」、ずっと疑問に感じていました。そのうち自分で本屋をやって確かめるしかないと思うようになり、その後、倉庫で働いていたときには、高円寺のカフェギャラリーで週1~2回、夜だけ本を売ったこともあります。ある日、ネットで「双子のライオン堂」(赤坂)の「本屋入門」講座を目にして、思い切って参加することにしたんです。数ヵ月の講座が終わる頃、いつか店をはじめたいという思いは強くなっていたものの、すぐに独立する勇気はまだありませんでした。

── そんな酒井さんが、一歩踏み出すことになったきっかけは何でしょう。

勤めていた倉庫会社の社長が「若いうちに挑戦してみたら?」と背中を押してくれたんです。2017年の3月末で会社を辞めて、翌日から住居兼店舗の物件探し。都内全域で探して、紹介されたのが向島と高円寺の物件でした。ここの内見に来た日、近くにある三囲(みめぐり)神社に行っておみくじを引いてみたら、なんと大吉! それで向島に決めました。店は狭いけれど、ひとりでやるにはちょうどよかったし、ここに決めて何よりよかったのは……、この店で妻に出会えたことです(照)。
── すごい、「大吉」当たりましたね。
はい、いいことありました。妻は会社に勤めながら、「栞(しおり)文庫」という名でイラストを描いていて、「紙のにおいが好き」や「本で金欠」など、本が好きな人が共感できる言葉にイラストをそえて「本好きあるある栞」をつくっています。本屋という仕事はご想像のとおり、やりくりは大変ですが、お客さんにとっていいことしか提供しないし、街の人たちの役に立っているという自負はあります。それに、自分が主となって切り盛りするのは、ちょっとした工夫で変化を感じられるし、やりがいがあります。

あえて「書肆」とつけたわけ
── 店名の由来をお聞かせください。
京都の本屋さん、「ホホホ座」店主・山下賢二さんの本『ガケ書房の頃』(夏葉社)に「本屋で買った本は全部お土産だ」という一文があったことから、「スーベニア」にしました。あの山下さんが言うんだから間違いない、と(笑)。昔の本屋さんは新刊も古本も扱っていて、本を売りながら、出版、流通もしていた。書店と取次と出版社が一緒になったような存在だったそうです。この店は古本がメインではあるけれど、新刊もしっかり扱おうと思っていたし、ゆくゆくは出版もやってみたい。その思いを込めて、ちょっと古めかしい言葉だけど「書肆」にしました。

── 古本と新刊の割合はどれくらいですか?
店に入って左側の棚が古本、右側の棚が新刊で、割合は古本6に対して新刊4くらい。その割合は開店当初からほとんど変えていません。実はいま、毎週月曜日に東京古書組合で市場の運営のお手伝いをさせてもらっていて、古書の世界のつながりが広がっています。それに利益のことを考えても本当は古本を増やしたほうがいいのですが、新刊が少ししかないと楽しめないお客さんもいると思うんです。古本と新刊、どちらも、お客さんに選ぶ楽しみを味わってほしいと思っています。
店に住むことで、より街にコミットできる
── こちらは住居兼店舗ということでしたが、ご結婚されてからは、どうしていますか?

結婚してしばらくは、この在庫が山積みとなった奥の部屋で一緒に住んでいましたが、さすがに2人で暮らすには狭すぎたので、今年になって引っ越しました。だからいまここは完全に店舗。でも、昔のお店は本屋にしろ、駄菓子屋にしろ、お店の奥が住居というのが当たり前でしたよね。ごくたまに営業時間外に開けてくれというお客さんもいましたが、そんなことはめったにないので、店の奥に居住スペースがあることで不都合を感じたことはありません。むしろ合理的だし、そのほうがいいといまでも思っています。
── では、もし店舗を引っ越すことになったら、そのときはまた、お店に住める物件を探しますか?
できれば、住居兼店舗にしたいですね。店に住んで商売をするのと、ほかの街から商売だけをやりに来るのとでは、街や店に対する思い入れが違ってくると思うのです。店に住んで、街の一員となることで、街そのものをよくしたいという気持ちも生まれます。だって、街がよくならないと本なんて売れませんから。最低限の文化教育を提供するという、本屋の役割自体は変わっていない。むしろ格差や分断が広がっているいまだからこそ、昔ながらのいいところを残した本屋が必要なのではないか。いまはそう感じています。

「本好きは、たいてい散歩好き」──。「栞文庫」こと、奥さまお手製の「小腹を満たしながら本屋をハシゴMAP」には、浅草~向島界隈の本屋さんや、歩いて見つけたカフェやパン屋さんなど、本屋めぐりをするときにほしい情報がイラストでまとめられています。店を開いて2年と少し。縁もゆかりもなかった土地が、人と出会い、つながっていくうちに大切な場所へと変わっていくことを実感された酒井さん。おみくじからはじまった酒井さんの古くて新しい街の本屋は、これからも地域とともに歩んでいきます。

書肆スーベニア 酒井さんのおすすめ本

『これは水です』デヴィッド・フォスター・ウォレス著、阿部重夫訳(田畑書店)
スティーブ・ジョブズを抜いて、全米No.1スピーチに選ばれたポストモダン文学の作家、デヴィッド・フォスター・ウォレスによる卒業式スピーチの翻訳版。人とわかりあうためにはどうすればいいか、他者とのつながりや関わりについて真摯に考えることの大切さを教えてくれる1冊です。
『名作童話 宮沢賢治20選』宮沢賢治著、宮川健郎編(春陽堂書店)
名作20選と年譜、ゆかりの地を訪ねた紀行などを収録しているので、この1冊で賢治の足跡をたどれます。思慮深く生きることを意識しながら生み出された作品群は、人と人のつながりが希薄ないまこそ、読まれるべきで、「賢治は昔読んだ」という人にも、新たな発見や気づきがあるかもしれません。

書肆スーベニア
住所:131-0033 東京都墨田区向島2-19-11ププレ隅田公園1F
営業時間:12:00〜20:00
定休日:毎週月・火・水曜
https://shoshisouvenir.com


プロフィール
酒井 隆(さかい・たかし)
1983年、茨城県生まれ。出版社の営業担当から、本の在庫を預かる物流倉庫へ。取次会社への納品や返品、本のクリーニングなどをする倉庫で仕事をしながら、「双子のライオン堂」主催の本屋入門講座を受講。2017年8月、向島に「書肆スーベニア」オープン。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。